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TAFRO症候群×新型コロナウイルス感染6日目:『あ、今、座ってテレビを観てますよ』

5日目も、全く音沙汰がなかった。
相変わらず父には既読のつかないLINEメッセージを入れ、スマホを握り締めて眠り、何度も着信を確認しながら過ごしていた。そんな日々はもう4日になる。

職場のスタッフとオンラインで繋ぎ、打ち合わせをする。実際に会えなくても顔を見て話せるのがこんなにもホッとするものなんだと、自宅待機中に初めて知った。私がいなくたって仕事は回る。そうじゃなかったら私は「仕事のできない人」だ。だけどスタッフと話せるのが嬉しくて、必要以上に長時間ZOOMを繋いでしまったかもしれない。

みんなが、支えてくれる。

ハッピーハイポキシア:呼吸困難のない低酸素状態

この期間、コロナのことを改めていろいろ調べた。医師会が出している文書、厚労省の診断の手引きなど、医療関係者向けに書かれたものを読み漁った。自分の理解度を過信しているわけではない。ただ、いつもわかりやすく説明してくれる先生方は最前線で父を診てくれている。家族は家族にできる情報収集を、最新の、正確な情報を知っておこうと思ったからだ。

父が「あまり苦しそうにしていない」のに実際は肺炎がかなり悪化している、と先生方がおっしゃっていたのがどうしても気になっていた。本当は苦しくて我慢しているだけなのでは?とか、苦しいことに鈍感になっているのか?とか、いろんな想像ばかりが浮かぶけど、妄想だけではお腹も頭も満たされない。

文献を読んでいくうちに、happy hypoxia(幸せな低酸素症)と呼ばれる症状があるのを知った。呼吸困難がなく、普通に会話もできるのに、酸素飽和度を図ると90%を切っている危険な状態になることが、新型コロナウイルス感染者によく見られるということだった。

パルスオキシメーターの普及がメディアで取り上げられるようになったのはこういう理由もあったのか…と、妙に納得した。と同時にハッピーと言いながら実は危険とか、怖すぎる。

今ではもう簡単に手に入らないのかもしれないけど、もしもこの情報を知っていて機器を持っていたら、父が声変わりをしてから定期的に熱と共に酸素飽和度も測れていたのかな…そうしたらもっと早く…と、またイケナイ思考にハマりそうになって、見ていたウェブページをそっと閉じた。

『必要なものがあってご連絡しました』

6日目のお昼、集中治療部から着信が入る。グッとおしりの穴が縮まる思いをしながら通話ボタンを押すと、想定していた先生の声ではない。看護師さんだった。

『お父さんを担当しています看護師です。必要なものがありまして…かなり痰が出ていてそれをティッシュで捨てるんですけど、入院時に持ってきてもらった1箱がもうなくなって病棟のを使ってもらっています。それで箱ティッシュがいくつか必要になりご連絡しました』

すごい一気に話されたけど頭の中がハテナだらけで、もはや何から聞いていいかわからない。だから看護師さんの話にくっついて、その話題について尋ねることにした。

『まとめて5箱とか送っても大丈夫ですか?私も自宅待機ですぐに持っていくことができないので、少し時間がかかってしまうのですが』

『あ、まとめてで大丈夫です。前回のように集中治療部に送っていただけますか?』

『はい、わかりました』

その後、看護師さんが「それでは…」と電話を終えそうになったので慌てて遮る。

『座ってテレビを観てますよ』

『あ、あの、ちょっといいですか?父は今、意識があって、自分で痰を出しているということでしょうか?』

『そうです。人工呼吸器が外れまして。早ければ来週にはICUを出られるかもしれません。あ、今、ベッドに座ってテレビを観てますよ』

次の瞬間、私は電話口を離すこともなく大爆笑していた。きっと電話の向こうで受話器を耳から離していたに違いないほどの声量で。

な、なんじゃそりゃ
なんじゃ、そりゃ
なんじゃそりゃーーー!

ECMOの話は?ひどく悪化した肺炎は?いつ意識が戻ったの?苦しくないの?
そして「なんで、連絡くれないのーーー???」

どうやって電話を切ったか、あまり覚えていない。
爆笑した後、今度は堰を切ったように声を上げて泣いた。

(良かった…このまま死んでしまうかと思ったんだよ…)

隣で見ていた夫も、さぞビックリしただろう。大笑いしたかと思った次の瞬間に号泣だ。女心はわからない。そう思ったに違いない。けど肩にポンと手を置いて「良かったね」と声をかけてくれる。

やっぱり私は、支えられている。

姉妹揃って「なんじゃ、そりゃ」

すぐに妹に連絡し、「なんじゃ、そりゃ」という姉妹らしい同じ反応をゲットし、2人で一緒に安堵し、「ウチらもこの1週間、頑張ったよね」と慰め合った。延命治療をどうするとか火葬には立ち会えないだとか、そんな話ばかりしていたのだから。

父は2度も奇跡を起こした。1度目はもちろん、TAFRO症候群の重症度MAXを乗り越えた時。そして、新型コロナウイルスによる重症肺炎を乗り越えた今回。どれだけ強い人なんだろう。そしてどれだけの支えをいただける人なんだろう。

父の頑張りと底力は、到底真似できないかもしれないな。

***

父にLINEを送る。

『今回ばかりはもう本当にダメなのかと…覚悟していたんだよ。ほんとうに良かった。ホッとしたよ。』

まだ、既読はつかない。
でもきっと近いうちにそのマークがつくはずだ。1週間分のメッセージにまとめて全部。

なんてことなのだろう。
なんじゃ、そりゃ。
でもきっと神様のイタズラなんかじゃないね。奇跡はやっぱり人が起こすんだ。


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