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'24.10.1Happy birthday


どうもどうも、こんな夜更けに失礼します。
少し更新空いてしまいましたね。
というのも怒涛の2、3日をここのところ過ごしておりました。
まず、9月30日(月)のエコー検査でこっこの頭の方に残っていた羊水も全て無くなってしまっているような話を受けます。
細菌感染や、肺の発達の上でもこれ以上子宮にいるメリットが無くなってしまって、緊急搬送されてから診てくれている主治医から、明日帝王切開しましょうと提案される。
あたしゃ、勝手に10月3日くらいに帝王切開になるだろうとヤマを張っていたし、そのヤマに根拠はなかったのに、なぜか絶対的にそのヤマを信じてやまなかったので、大きく動揺します。
でも、私のモットーは「なるようにしかならない。そのようになりますように。」なので、諦めてドーンと構えるつもりで居たけれど、スマホでどうしても調べてしまう「23週 出産 後遺症」「超低体重出生児」。自分の都合のいいような情報はでて来なくて、落ち込んでいるところに、看護師さんがとてもいいタイミングで声をかけてくれるのです。「大丈夫ですか?」「誰かに不安なこと話せてる?」自分がどこにどんな不安を持っているのか、上手く言葉にできず、先行してきた悲しい、怖い、申し訳ない、なんでという感情に飲み込まれて、泣きながらよくわからないことをただただ繰り返していた。看護師さんも肩をさすって、しゃがんでベッド上のわたしと同じ目線になってそれを聞いてくれていた。うちの夫はわたしより心配性だし、慎重なひとだし、すぐ頭がいっぱいいっぱいになってしまう人。だから、夫にはこれ以上心配かけたくなかった。どんなことを夫に対して言ったかもう忘れてしまったけど、わたしの持ち前のノーテンキを全面的に出して、心配かけないように心配かけないようにとしていた気持ちだけは覚えている。だから、わたしは看護師さんの前だけで泣いたし、早産の後遺症の確率なんかも伝えなかった。うまくやれたなと思った。でも、あたしの実家にその日夫は泊まりに行って、一緒にいた妹からLINEがきた。「あなたの旦那さん心配すぎてまたチャオズ(猫)に心配されてるよ」▶︎「なんで?こんどは何を心配してるの?笑」▶︎「あなたの明日についてよ」▶︎「考えても仕方ないのにね笑」▶︎「あと、あなたがあまりにも元気なのも心配らしい。」全部バレてた。分かってくれてた。深夜のこのLINEに、わたしはさっきまでの不安や早く生まれさせてしまう悲しみや申し訳ないといった涙ではなくて、この人とだったら大丈夫という安心感の涙をながし、Beatlesの「let it be」を繰り返し流しながら眠りについた。病院にきてから一番の深い眠りだった。看護師さんが落ち着くようにとゼラニウムの香りのアロマを染み込ませたガーゼを枕元に置いてくれたので、病室はゼラニウムの香りで満たされていた。
次の日の朝看護師さんに手伝ってもらって手術着に着替えた。なにか、手術で望むことがあるかと聞かれ、出来れば、生まれたこっこにタッチしたいと伝えた。親子の状況を鑑みてにはなるが、なるべく叶えられるようにするとのこと。胎盤は見なくていいかと聞かれる。私も、妊娠レポとか見るとどうしても胎盤を触りたいと強く願うお母さん方を知っていたが、私にはその気持ちには到底追いついていなかったので「なんで胎盤触ったり、見たがる人いるんですかね?」と看護師さんに尋ねると「大事な子供と繋がっていた臓器だからかな?でも、あれだよ、ほんとに臓器って感じだから、見たいって思わないなら見なくていいと思う。わたしも、正直、胎盤見たい気持ちは分からない」とありのままに話してくれたので胎盤を見るのは丁重にお断りさせていただいた。もう既に顔見知りの看護師さんに手術室まで車椅子を押してもらう。途中で夫とグータッチして別れ、巨大冷凍庫のような銀色の手術室に入っていく。手術室のドアの開閉が足で踏むスタイルだったのがあたしにとって真新しかった。麻酔の処置がまず施される。執刀する2人の先生のうちの女医さんがその間はわたしの手を握って、これからすることを先回りして説明してくれていたので怖くなかった。少し痛いかもしれないことをされる時は、必ずどの程度の痛みがあるかもと教えてくれたし、麻酔が終わってからも手術の始まるタイミングは「私たちがそれぞれ自己紹介始めたら、そろそろ始まるかなと思って」と教えてくれたし、麻酔科の先生が「血圧の変動が今著しいから気持ち悪くなるかもしれない」と声をかけてくれて、ほんとにそのとおりになって「気持ち悪い」とつぶやけば、「ちょっと待ってね。これでどう?」となにかいじってくれ、気持ち悪さの波は引いていって、口の中に貯めていた無意味な気持ち悪い空気も抜けていった。そして手術はじまって30分頃したときに、手術室のなかの人が1層増えた気がして、「10:37分おめでとうございます」と男の人の声がした。それから頭の方にいた看護師さんが「いま、赤ちゃん必要な処置をしてから隣に来ますからね」と説明してくれた。それから5分程して、7人くらいの人に囲まれた保育器に入ってちっころ登場。「お誕生日おめでとう」と声をかけた。ドラマで出産のときに涙を流す意味があたしには分からなかったけど、あたしの目からも自然とそれは零れて看護師さんが拭き取ってくれた。タッチは難しそうだったのでいいと、断ったけど、先生達が頑張ってくださり、結局あたしの人差し指は、小さな、彼の拳にタッチした。そう、その後分かったことだったけど、彼は男の子だった。558gの男の子。
手術後後陣痛と腹の傷の痛みは強く、背中の痛み止め以外に、点滴で痛み止めを2回入れてもらったけど、早く息子に会いたいから、昨日の朝には自分で起き上がり、座位を保ったし、10:00頃には歩いた。でも念願の息子は午前中はエコー検査で、午前中は不在だったのでそれでも15:00には夫と、最初は車椅子で行きましょうなんて言われてたけど、自分の足でたって歩いて会ってきた。複数での面会は30分までと決められているので、夫が帰ったあとも寝る前の20:15頃に、交換ノートを持ってきて欲しいとNICUの看護師さんから依頼されてたので、それを持って会いに行った。15:00頃行った時も看護師さんがそばにいて20:15頃行った時も、夜勤の看護師さんがそばに居てくれて息子が独りじゃないことに安心する。触っていいよと言われ遠慮がちにおでこを人差し指で触るともっとしっかり触っていいと、撫でさせてもらえる。両生類のような薄い肌に湿気のようなじめっとした感触を想像をしていたけど、息子のおでこはもううぶ毛のようなものを感じて、フワサラッとしていて、サイズこそ違うけど他の赤ちゃんのそれと変わり無かった。鼻も触ってと言われて、鼻を触ると、顔をくしゃっとさせ、鼻のまわりに手を擦るような仕草を見せた。あたしの心がなにか乳白色のもので満たされていくのが分かった。NICUの1番奥。向かって右側が彼の今の居場所。明日も会いに行く。自分の足で立って歩いて、自分の手であなたに触る。あなたに声をかける。あなたに早く覚えて貰えるように母は必死です。

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