訪問入浴(4)
入浴スタッフのほとんどが疥癬の感染者となり、訪問入浴業務を行う事が出来なくなった。
自分も感染した事を専務に伝えると、役所への休止届に関する書類作成、提出。
各利用者のケアマネジャーへの報告、謝罪は誰がやるんだと言う。
へ?
自分が責任を取ると言ったのに、忙しくて俺は出来ないという。
専務の指示で感染対策を行い、出勤した。
治癒してない状態で役所なども行かされた。
各利用者、ケアマネジャーへの報告、謝罪もした。
もう2度と僕たちの事業所を利用しないと怒る方。
大変だね、また再開時は連絡お願いします。
などと優しい言葉をかけてくださる方。
淡々と対応され、何を思ったかわからない方。
反応は様々だ。
その中に1番報告しづらい方がいた。
とある住宅型有料施設の社長だ。
(今後、この社長をT社長と書く。)
T社長は僕たちの事業所をとても気に入ってくれていた。
訪問入浴の利用者は5〜6人、全員週3回利用している。
同業者なら分かると思うが、小さな事業所で入浴車2台稼働の僕たちは、ここの社長を怒らせたら死活問題となる。
T社長は女性でとにかく感情の起伏が激しい。
普段は優しいのだが、突然怒り出す事がよくある。
何が怒るきっかけとなるか分からない。
話す時はとても緊張した。
怒ると大声で怒鳴り散らす。
僕も仕事のやり方で怒られる事が度々あった。
噂では、パワハラでこの施設を退職した元職員数名から訴えられているらしい。
恐る恐る電話連絡をしたのだが、反応は意外だった。
自分も感染症で大変な思いをした事があるから、あなた達の気持ちが凄くわかる。
しばらく別の入浴会社を使うけど、また営業再会したらお願いしますとの事だ。
本当に感謝の気持ちでいっぱいになった。
約1ヶ月の入浴業務休止中は事務所で訪問入浴マニュアルの見直し、感染症対策マニュアルの再作成などを行っていた。
その期間、僕達は事務所にいる事が多かった。
社長は毎日事務所に来て僕達を食事に連れて行ってくれたり、雑談したり…
たまにしか事務所に来てなかった社長が何故?
僕達の事を心配してくれているのだろうか?
あまり良い噂を聞かないので警戒していた。
そんな中、20代前半の訪問入浴女性スタッフが相談があるとの事で僕のところに来た。
これ見て下さいと携帯を取り出した。
社長とのメールのやり取りだ。
社長から『会いたい』とか『好きだ』とかそんな内容だったと思う。
女性スタッフも嫌そうだ。
社長は60代後半。
何もないだろうと思い、「ほかっとけ!」と言った。
疥癬が完治したスタッフは営業に回る事となった。
営業再開時に、再度利用してくれる利用者はほとんどいないと予測していた。
社長の指示で、他事業所の利用者を調べてパンフレットをポストに投函したりもした。
他事業所の入浴車を尾行し、利用者を特定するのだ。
効果は全くなかったが、スパイ行為は面白かった。
しかし、そこに社長お気に入りの女性スタッフはいなかった。
この間に2人の関係は進行していた。
僕は全く気付かずにいた。
休止から約1ヶ月、スタッフ全員完治し、営業再開となる。
戻ってきた利用者は、確か6割位と思ったよりも多かった。
しかし売上は赤だ。
僕は信頼回復に努めた。
再度利用してくれたケアマネ、利用者には何度も謝罪し、今後このような事がないよう感染対策を徹底する事を約束した。
(今だに利用者に発疹などがあると凄く不安な気持ちになる。)
業務空き時間、営業に回っている時に専務から半泣きで電話がかかってきた。
専務「今1人か?」
僕「はい」
専務「T社長を怒らせてしまった….」
この時、僕は数ヶ月後に自分がこの会社を退職する事になるとは思ってもいなかった。
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