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パン職人の修造49 江川と修造シリーズ イーグルフエザー


扉絵


鷲羽秀明(わしゅうひであき)は東京NN製菓専門学校パンコースを首席で卒業した。

在学中は学科、実技ともに他を圧倒する実力でその名を学校中に轟かせた。

教室の中では何もせずとも楽にトップでいるそぶりだったが、心の中では絶対に誰にも自分の前を行かせまいと躍起になり、陰では人一倍パンに関する何事でも頭に入れようと努力していた。

にも関わらず、トップを走り続けていると自分は何かのエリートではないかと思える、そして自分より遥かに後ろを走ったり歩いたりしている同学年の生徒がなんだか小さな存在にしか見えず、段々不遜な性格が強く出て、小馬鹿にする態度を取ってくる鷲羽に話しかけるものは誰もいなくなった。

だが講師達はパンコンテストに出品させては賞を取ってくる鷲羽にとても目をかけていた。中には褒めそやして「君なら若手コンテストに出られるよ」と言う講師もいた。何度か言われているうちになんだかそれは未来に必ずやってくる出来事として鷲羽の心に刻み込まれていった。



ブーランジェリーホルツの入社試験に無事合格した。

入社してからも野心家の鷲羽は先輩の真似をしては自分のものにしていった。

ある時ホルツのオーナー大木シェフに「今度からパンロンドの職人が奥の別室で特訓するから」と聞いてからは、やってくるであろう田所修造の事を調べて憧れを抱いた。

修造の事をなんだか遠く手の届かない、ハイブランドな存在に感じていたのだ。

そしてその当日、修造と一緒に来た江川と言う若者は学校で見た誰よりも性格が頼りなく実力のない様に見えたので、一体何故こんな奴が大切にされるのか不思議で、踏みつけてやりたいと言う気持ちに駆られた。
ところが足を引っ掛けて倒す様な事をやっても、いつの間にか起き上がって、なんなら自分よりも高いところから見下ろされている。

おまけに修造に凄く可愛がられていて、世界大会に出ようとしている。

は?俺だよ俺だよ。お前じゃない。俺の予定を狂わせるなよ。

そう思って敵視していたその時、修造に言われた言葉がこうだった。


「美味いパンって言うのはいつも食べられる当たり前の存在であってほしいと俺は思ってる。だから天候や気温に合わせて種や生地の面倒を見て良い状態で焼成まで持っていく、そうすると美味いものができるんだ。お前は江川の事をライバルで、戦わなきゃならないと思ってるのかもしれないが、お前がこれから戦うのは自分自身なんだ。お前の作ったものを選んで食べてもらう為にな。それは必ず美味いものでないといけない。形だけ勝っても意味はないんだ」


ライバルに勝とうとしているのに、本当の戦いは自分自身と?俺が俺に打ち勝つのは一体どんな時なのか。

毎度大木が出してくる課題に誰よりも良いものを出す。そう言う事なのか?

鷲羽は頭をかかえた。

何度練習して結果を出しても、最後は江川が追い越していく。


そんな折


鷲羽と江川のパン作りはとうとう他人の手によって審査される時が来た。


「次来た時、一次審査のパンを送るから」


大木は皆の顔を見ながらそう言った。

締め切りから逆算して日にちを決めたのだ。

そう聞いた途端、なんだか身体の血の巡りが早くなり瞼が痙攣する。

鷲羽は仕事中も出品する事を心がけて命を込める気持ちだった。

今までこんなにまで打ち込んだ事はない、そのぐらい。


配送の日が来た。


自分達の作ったパンを焼けてすぐに良いと思ったものを選んでショックフリーザーで凍らせた。

完全に凍るまで工場で仕事を手伝う。パンロンドから来た二人にとってとても勉強になる時間だ。
そしてついに梱包をする時間が来た。
丁寧に梱包して、大木が手配した配送業者に渡す。

「工芸品の様に大事な物が入ってるんだ。頼むよ」どうやらこの時のために知り合いに頼んだ様だ。大木に馴染みの配送業者は丁寧に頷いて冷凍車に積み込んだ。


「緊張するな」「はい、僕心臓がドキドキします」配送業者がパンを持って行った後の修造と江川の会話だった。

園部は黙ったままだったが、一体どんな事を考えていたのか。

冷凍で配送されたパンは会場に並べられて審査される。

ーーー


さて、審査が終わり、大木が選考会への切符を受け取る選手の名前を述べた。


まずは選考会には修造が選ばれていた。


それを聞いた時修造は「ふぅー」っと息を吐き、緊張を解きほぐす仕草をした。そして他の選手の名前を覗き込んだ。「あ、北麦パン!」パン王座決定戦で一緒だった北麦パンのチーフシェフ佐々木の名前があった。他にも有名店で働いている職人の名前が2人。

「北麦パンは凄い特訓をしてるよ」大木は何かと色々知ってる様だった。

次に大木は気になる若手コンテストの選手の名前を述べた。

「江川と鷲羽が選ばれたよ。園部、残念だったがこれを機に更に飛躍する様に」

「はい」

相変わらずポーカーフェイスの園部を見て、学校時代の自分なら気にもしない所だが、鷲羽はやっと、自分と同じ立場でさっき迄同じ心配をしていた園部の心中がわかる様になってきた。

「園部ごめんな、俺、お前の分も頑張るよ」

この言葉がこの場にあってるのかどうか鷲羽には分からなかったが、何か声をかけずにはいられなかった。

「俺、この場にいて良かったよ。勉強にもなったし。応援してるからね秀明」

「うん」

人に向かって何かしらの優しい言葉をかけたのは生まれて初めてだった。

江川が「鷲羽君、入選おめでとう。頑張ろうね」と言ってきた。

澄み切った水辺に輝く宝石の様に瞳がキラキラしている。

自分には全くキラキラした所が無い。思えば自分と江川のパン作りの違いもそんな所では無いのか。ふとそんな事に気づく。

白い鳥の羽の様な、青い空に浮かぶ白い雲の様な、鷲羽から見た江川はそんな風に見えた。

鷲羽は江川の言葉に対して斜に構え少しだけうなづいた。

つづく


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