パン職人の修造28 江川と修造シリーズ フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thief
今回はパンロンドのパン職人見習い杉本龍樹と店員さんの横山風花がフォーチュンクッキーを巡ってお話を展開します。
季節は秋、東南神社のお祭りで2人は仲良くなれるのでしょうか?
今日も平和な東南駅の西に続く商店街の途中にあるパン屋のパンロンド。
催事で頑張ってカレーパンを揚げた杉本は最近は親方に焼成を教わっていた。
成形後ホイロというパンを発酵させる機械の中から出てきたパンを焼く。
「タイマーが鳴ったから窯から出すんじゃなくて、それは目安としてパンの焼き色をよく見てね」
「はい」
その様子を工場の奥から見ながら、江川は「以前はあんなに反抗的だったのに杉本君すっかり変わりましたね。真面目になった感じでしょうか」と先輩の修造に言った。
「だな」
修造は普段あまり話さない。
幼い頃は無口な修造と呼ばれていた様だ。しかし頭の中はもうすぐ行われる選考会へのチケットをゲットできる一次審査のことで頭がいっぱいだった。いつも集中すると他のことが目に入らない。その間何も話さない事が多くなる。
ところで江川と修造は世界大会を目標にして大木シェフに面倒見てもらえることになった。パンロンドの定休日に大木の都合が合えばベッカライホルツに修行に来ても良いと言われている。
今日はパンロンドの近所の神社でお祭りがある。
修造と江川はちょっとした余興の為に2人でフォーチュンクッキーを作っていた。
そして出来上がったフォーチュンクッキー用の薄いクッキー生地がのった天板を杉本に回した。
「杉本フォーチュンクッキーって知ってる?」
「あ!聞いたことあります!見たこと無いけど」
フォーチュンクッキーは中におみくじが入っている薄い小さいクッキーで、中の言葉は様々だ。格言や予言、恋占いなど。
アメリカのフォーチュンクッキーは粋なジョークが書いてあるものが多い。
「これだよ。瓦焼きみたいな薄いクッキーに占いやおまじないが書いてある紙を挟んで折るんだ。来たお客さんに配るから焦がさない様に軽く焼いてね」
「はい」
薄い生地を軽く焼いたあと直ぐに占いの書いてある紙を真ん中に挟んで容器のヘリで曲げる。
杉本は出来上がったフォーチュンクッキーをひとつ割ってみた。
中に細長い小さな紙が入っていて「恋する予感」と書いてある。
「おー!恋する予感だって!誰かなあ?風花ちゃん?」と店と工場の間のテーブルで焼き菓子を包んでいた2つ歳上のパートの横山風花に言った。
風花はすぐに
「違うと思う」とキッパリ言った。
「早く焼けたパンをトレーに入れて出してよね。何回言われたらわかるのよ」拒絶された上に厳しく言われた杉本は苦笑いして「はーい」と言われた通りに急いで品出しした。
焼成はパンを焼くのが仕事だが昔から「焼きが八割」と言われていて、失敗すると仕込みと成形の工程が無駄になる非常に大切なポジションだ。その焼き加減によって見た目は勿論中の水分量などが変わり食感に影響する。なので親方は杉本に温度やタイマーの設定を丁寧に教えていた。
杉本は高校を途中で辞めてボクシングジムに入ったが挫折してパンロンドに入った。
挫折したとはいえ、体力作りをしていただけあって力も強く持久力がある。
難点があるといえばガサツで軽率、この2つだろうか。
親方は自然に振る舞いながらパンを手荒く扱わない様に、良いタイミングを待たずに早急に焼かない様にコントロールしていた。
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「風花ちゃんこれ、お客さんにひとつずつ渡してね」奥さんは焼けたフォーチュンクッキーを可愛いカゴに入れて、レジでパンを買ったお客さんに渡す様に言った。
「ありがとうございました。こちらおみくじクッキーです。おひとつどうぞ」
風花の差し出したカゴからフォーチュンクッキーを選んで受け取ったお客さん達は、皆中を開けて「あ!夜道に注意だって!」とか「こっちは片想いが実るだって!」などおみくじクッキーの様々な文言を楽しんでいた。
風花は「奥さん、私もひとつ貰って良いですか?」と聞いた。
「ええ良いわよ、なんて書いてあるの?」
「はい、盗難注意でした。私って色気ないからおみくじも色気なかったです」と笑って言った。
「色気なくなんてないわよ。こんなに可愛いのに。着物でも着てお祭りに行ってごらんよ。みんながついてくるかもよ」
奥さんの励ましの様な言葉を聞いて部屋の箪笥の中の秋浴衣を思い出した。
今日友達と久しぶりにお祭りに行くからお母さんに着せて貰おうかな。
風花は家に帰って母親に藍色の秋浴衣を着せて貰った。
浴衣より少し厚めの紺色の生地に桔梗が描いてある大人っぽい柄の着物に、淡い紅色の帯と髪留めをあしらった。黄色いバッグに白い足袋と赤い鼻緒の黒い下駄を履いて出かけた。
つづく
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