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ユーラシア大陸を横断しようと思った話【地球列車旅 前日譚】

 18歳の夏、僕は初めての海外へ行こうとしていた。北京からロンドンまで、飛行機を使わずに、そしてできるだけ列車を使って、ユーラシア大陸を横断する。初めての海外旅行にしては大それた、しかし18歳の夏に挑戦するのにふさわしい冒険の旅へ。

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 海外の鉄道旅に憧れを持ち始めたのは2012年、中学1年の秋だった。
 夕方学校から帰宅すると、NHKのBSで『関口知宏の中国鉄道大紀行 最長片道ルート36,000kmをゆく』という番組が毎日のように放送されていた。
 この番組は、俳優の関口知宏が100日間かけて中国全土を列車でくまなく旅するという2007年に制作されたものだが、その再放送が2012年の秋に行われていたのだ。1日あたり10分の「日めくり版」として、毎週月曜日から金曜日まで1話ずつ放送されていた。
 最初は帰宅後何気なくテレビを付けぼんやりと観るくらいの番組だったが、次第にこの番組を観るのは放課後の日課になり、気づけばテレビ越しに映る中国の人々、風景、そして列車に魅了されていた。

 それ以来、僕は中国の鉄道の旅にすっかり憧れを抱くようになったが、中学生には海外一人旅は到底不可能な話だった。
 それならばと狙いを定めたのが、大学の長期休暇だった。
 大学の夏休み・春休みは2ヶ月近くあり、思う存分海外を旅するにはまたとない貴重な時間である。
 僕は中学2年生の時には早くも、大学の夏休みに旅に出ることを夢見ていた。

 とはいっても大学生になるのはまだ先の話である。悶々とした気持ちを慰めるため、繰り返し何度も録画した『中国鉄道大紀行』を観て、神保町の中国書籍を扱う書店で中国の時刻表を買い求めた。

 中国の時刻表といっても、中身は日本語で書かれている。
 現地で出版されている時刻表は、列車の順序や路線の掲載順が無秩序でとても読みづらいものらしい。それはそれで読んでみたいが、なかなか手に入るものでもないので、2014年以降毎年刊行されるようになった日本語版中国鉄道時刻表を毎号買うようになった。
 この時刻表を片手に、『中国鉄道大紀行』の映像で旅行気分を味わい、実際に行ってみたい街、乗ってみたい列車を妄想する。
 僕の中高時代は、中国の列車旅への憧憬の日々だった。

 そうこうしているうちについに大学受験の時期を迎え、僕は生まれ育った東京を離れ、北海道の大学に進学した。
 北海道の大学に進学したのは、東京以外の街に住んでみたい、いっそのこと雪国に。というような理由によるものだったが、何はともあれ待ちに待った大学生活がやってきた。
 東京で一度眺めた桜が5月にまた咲き、梅雨のない清々しい初夏の北海道の生活にも慣れてきた頃、ついに動き始めた。

初めて来た4月の北海道は、まだ寒かった

 いざ目の前に自由な時間が広がっていると、それをどう使うかいろいろと考えてしまうものである。僕はせっかくなら中国以外の国にも行ってみようかなと思い始めていた。

 話は前後するが、2015年から2016年にかけて、『中国鉄道大紀行』に続くNHKの鉄道旅番組の企画で、『関口知宏のヨーロッパ鉄道の旅』というシリーズが放送された。当時高校生だった僕は、中国の旅に魅せられた中学生の時と同じように、この番組に釘付けになっていた。

 そういうわけで、高校時代からは中国だけでなくヨーロッパ、ひいては海外全般の鉄道旅に憧れの対象が広がっていたのである。
 目前に控えた大学生初の夏休み、僕は中国に加えて他の国にも行くのを真剣に検討していた。

 いろいろと思慮をめぐらしたあげく、私が思いついた旅、それは中国を起点にヨーロッパまで、鉄道を使って旅することだった。

 出発は中国の首都・北京。北京からはシベリア鉄道を経由し、遥か彼方のモスクワへ至る国際列車が運行されている。この列車に乗り、モンゴルを経由しロシアへ。その後東欧の国々へ抜け、中欧を経てパリへ。最後はドーバー海峡をユーロスターで越え、イギリス・ロンドンをゴールとする大陸横断の旅である。

 旅のアウトラインは完成したが、詳細なルート設計となると様々な雑念が去来し、なかなか定まらない。
 北京からモスクワに直通する国際列車に乗り込むのはいいが、せっかくモンゴルも経由するならただ通過するだけではなく大草原に足を踏み入れたいし、モスクワから東欧諸国へ抜けるルートはいくつもある。中欧・西欧も行ってみたい国がたくさんあるから、どの国を経由するか非常に迷う。 
 そして旅のスタート地点、北京までは飛行機を使わないといけないが、調べたら北京行きのチケットがかなり高い。いかんせんお金に余裕はない学生旅行であるし、出費は極力抑えたいのでいろいろ比較検討したが、結局北京ではなく大連へ行くチケットを押さえることにした。
 そんなわけで、大陸横断の旅のスタートは遼東半島の先端の街、大連になった。

 学期末のレポートを出し終えると長い夏休みが始まり、迎えた2018年8月29日、ついに旅立つ時がやってきた。

 僕は東京から成田空港行きの特急列車に乗り込んだ。

海外に行くのも、成田空港へ行くのも、成田エクスプレスに乗るのも初めてだった日の朝


表紙:関口知宏『関口知宏の中国鉄道大紀行3』徳間書店、2008年


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