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斎藤淳子:北京ゼロコロナレポート:72時間以内PCR常態化


10人分を詰め込んだ検査瓶。これでコストは10分の1に!まとめてやるので速く安いが、一部の被験者は2度手間になる。(筆者撮影)

日本ではビザなし観光の門戸も開かれ、世界的にもコロナ対策は緩和の一途だが、中国は今もってゼロコロナを堅持している。北京市内の新規感染者数は多くても十数人で、長い間1桁台で推移してきた。感染の心配がないのは有り難いが、そのためのコストは大きい。中でも、陰性結果不保持者の排除を前提としたPCR検査の常態化は「中国の特色ある」コロナ対策だ。過去半年に急速に導入された同システムについて北京からレポートする。

市内のあちこちに設置されたPCR検査ブース。検査は無料で数分で済むのだが、し忘れると大変だ。(筆者撮影)

北京市では、正常な社会生活を送ろうとしたら、72時間以内のPCR検査の陰性証明の提示が必須だ。これがないとスーパーやカフェはもちろん、オフィスビルも役所も病院も地下鉄もバスも利用できないので、出勤さえも不可能に陥る。

政府は今年5月に大都市で徒歩15分圏内に1ヶ所PCR検査所を設けるよう求める文書を出し、PCR検査を常態化した。それを受けて、中国のPCR産業は世界最大規模に急成長している。産業規模は2020年に121億元(約2485億円)、22年(予測)は146億元(約3000億円)に上るとも、また、2022年半期報告でPCR検査大手10社の総売り上げは485億元(約9960億円)に達したとも報じられている。

筆者の北京生活にPCR検査が浸透したのもこの時期だ。上海のロックダウンを始め中国中で厳しいコロナ対策が敷かれた4月には臨時のPCR検査部隊がマンションの下に出張し、全住民を対象とした検査を始めた。しかし、その後5月以降は近所にも私企業が運営するPCR検査ブースが徒歩5分以内に2ヶ所、15分以内なら5ヶ所以上、続々と開設した。

検査は喉を綿棒で拭うだけなので、行列の待ち時間が長くない限り難儀ではない。ただ、毎日自分の結果が72時間以内のものであるよう注意し続けないといけない上、それをし損じた時が苦痛だ。

先日、筆者も最後の検査から規定の72時間を上回る4日目を迎えてしまった。その日は地下鉄やタクシーでの移動も不可能で、スーパーの買い出しも全て無理だった。

現在、あらゆる店や門の入り口には来店した客の記録が残るよう店舗のQRコードがあり、客はそのスキャンが義務付けられている。すると、同時に客のスマホの「健康キット」アプリにPCR検査結果と検査日からの日数が示され、店側は客の健康状態を確認して入店を許可するシステムになっている。3日以上PCRを受けていない客は「陽性の可能性もあり危険」という理屈で追い出される。規定に違反して72時間以上検査をしていない客を受け入れた場合、店舗側の責任が問われ店の閉鎖など罰せられるので店側も慎重だ。万が一、店舗から陽性者が出たら従業員も隔離され、店舗も閉鎖になり大打撃を受ける。

国家衛生局によると、中国のPCR検査回数は今年4月に延べ115億人に達した。また、1日当たりの検査数は2020年3月は126万回だったのが、今年5月には5700万回に急増。大都市では感染状況に応じて、2日、3日、7日に1回の頻度でPCR検査を受けることが義務付けられている。

また、北京市では今年6月にこれまでは実名登録は「任意」だった地下鉄とバス乗車の際にも実名登録とセットでPCR証明が必須になった。筆者も自動改札を通過する際に3日以内の陰性証明があるにもかからわらず、バグで改札ゲートが閉められて入場できず、係員を呼んで通してもらったことがある。こうして人の移動さえも健康データが支配する泣く子も黙る個人データの公共管理システムが完成した。

検査料は目下は地方政府が負担しており無料だ。そのため、財政力のない地方自治体にとっては多大な負担で、検査業者への支払いは平均で3ヶ月遅れているとする報道もある。検査の有料化も一時期検討されたようだが、市民からの不満が大きすぎて見送られているようだ。

ただ、ここは中国。検査コストはどんどん低くなっており、1回8元(約160円)まで下がった。安さの理由はもちろん、人件費の低さやスケールメリットもあるが、もう一つはカクテル方式だ。通常であれば、検査は当然、一人1瓶ずつ行うものとされているだろう。しかし、中国は綿棒による喉ぬぐいサンプル10人分を1瓶に詰め込んでまとめて検査する。場合によっては20本一まとめというケースもある。これで一気にコストは10分の1に下がる。陽性が出た場合はその10人(ないしは20人)を呼び出して再度、個別に検査するのだ。中国らしい大雑把さとスケール・スピード感覚だ。

このように、北京生活で今やPCR検査は生活の基本になりつつある。人は繰り返すことで慣れ、慣れるとそもそも何でそうしていたのかさえ考えなくなるから恐ろしい。しかし、思い起こせば、去年の秋は違った。当時、感染者が再度増加し北京市内の一部の区で一斉PCRを実施し始めた時は、何とも言えぬ違和感を感じたものだった。しかし、そんな感覚はどこへやら。今となっては3日毎にPCR検査を実施する日が半年近く続き、すっかり慣れてしまった。

どの位慣れてしまったかというと、街を歩いていて空いているPCR検査ブースを見かけると、ついつい列に並び、検査を受けてしまうのだ。「待ち時間無しにすぐに検査ができた。これで3日は安心して過ごせるぞ。しめしめ」と得した気分になる。これが世に言う人質事件の被害者が加害者の「小さな親切」を有難く思い始めるストックホルムシンドロームっと呼ばれるやつだろうか?

もうPCRなしの日々なんて危なっかしくてあり得ない!? そんな新たな「常識」が多くの市民の間に芽生えている。世界の潮流に逆行する中国のゼロコロナ政策。当分は続きそうだ。

(書き下ろし)


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