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イギリスの都市計画④:開発に反対する方法

前の記事でイギリスでの景観を守るための法律また都市計画申請のプロセスについて書きました。

今回はイギリスで開発予定があると知ったとき、それに反対したかったらどうするかについて説明します。

開発に反対する権利

イギリスで都市計画許可の申請がなされたとき、その開発について都市計画課は「広告」をします。具体的な方法としては、近所に張り紙をしたり、ローカル紙に通知を掲載したり、近所の住民に手紙で知らせたりします。

もし隣に高層ビルが建つことになるのがわかって、いやだと思ったらどうしたらいいのでしょうか?

高層ビルほど大規模なものでなくても、隣の家で大きなサンルーム(Conservatory)をつくることになったとか、いつも散歩に行くお気に入りの野原に家が何件も建つと聞いたとか、郊外にある空き地に大きなスーパーマーケットができる計画があり、タウンセンターにあるコーナーショップがつぶれそうで困るとか、はたまたその店舗がフィッシュアンドチップスのテイク・アウトになるそうで、いやだとか。

イギリスでは、開発のための都市計画許可申請に対して、誰にでも反対する権利があります。直接手紙を受け取った人だけが意見を言っていいというわけではなくて、誰にでもどんな都市計画申請に対しても意見を言う権利があるのです。

なので、都市計画申請がされた開発に反対だったら、誰でも反対意見を書いて市役所の都市計画課に送るといいのです。通常は都市計画申請が提出されてから3週間以内に反対意見を送らなければならないとされています。

電話したり、直接都市計画課に赴いて口頭で言ってもいいのですが、記録に残る形の方がいいでしょう。通常は手紙、またはイーメールで書面にて意見を書いて送ります。イギリスでは法律でどんな意見でも(道理をわきまえていたら)考慮されないといけないことになっています。地方自治体の都市計画課では提出された意見は、内容が論理的である限りどんなものであろうとも、すべて検討する義務があります。

意見の提出方法

では、どんな反対意見を書いたらいいのでしょうか。 

ただ自分の好き嫌いを述べるのではあまり効果がなく、どうして反対するのか理由をきちんと説明しなければなりません。そして、それは「都市計画」に関する理由でなければならないのです。

他の理由、たとえば「となりに高層ビルが建ったら私の家の資産価値が下がる」とか「低所得層向けのアパートを建てたら、ガラの悪い人が引っ越してくるのでいやだ」とかいったようなものは都市計画許可を検討する対象になりません。では、何が「都市計画に関する理由」なのでしょうか。

たとえば、予定されている建物の規模やデザインが周りの環境にそぐわない、アメニティーやプライバシーの侵害、交通量の増加、騒音や不快なにおい、自然破壊などがそれにあたります。

もし、開発が行われる予定のエリアが「保存地域(Conservation Area)」だったり、建物が「リスティッド・ビルディング(Listed Building)」と呼ばれる、保存指定されている建築物だったら、通常よりもさらに厳しい制限があります。また同様に、その土地が「グリーン・ベルト(Green Belt)」 とか「Area of Outstanding Natural Beauty(AONB)」と呼ばれる、自然環境を守るエリアに指定されていたらそれも考慮されます(原則として開発は許可されない)。

都市計画マスタープラン

反対意見を述べる上で効果的なのは「Development Plan (ディヴィロプメント・プラン)」と呼ばれるその地区の都市計画マスタープランに基づいて「ここに書いてあるこの条項に反している」と客観的な意見を述べることです。

どの地域にもこの都市計画マスタープランがあります。それには下記の情報がのっています。

・ゾーニング地図:地区ごとに指定された用途の区域わけ(たとえばここは住宅区域、ここは商業区域とか)
計画文書:その地域が目指す街づくりのあり方の詳細

このプランは市役所の都市計画課などで見ることができるほか、市のオンラインサイトにもあるのが普通です。

都市計画マスタープランは通常5年毎にアップデートされます。このときに広く市民の意見を募るので、そういう機会を利用して意見を述べることもできます。

たとえば、都市計画申請がされている区域が「住宅地」となっているのに店舗や工場が計画されていたらそれを理由に反対できます(とはいえ、そういう場合は特に反対しなくてもまず許可されないでしょう)。あるいはタウンセンターのここからここまでは物販店舗のエリアと書いてあったら、フィッシュアンドチップスの店は許可するべきではないと主張できます。

都市計画申請の決定

とはいえ、反対意見を言ったからといって、その意見がそのまま通るとは限りません。あくまで参考意見のひとつとして検討されることになります。もし反対意見を持つ人が他にもいて、複数の反対意見があれば、より主張を聞いてもらえる可能性が高くなります。

また、計画そのものに反対と言うよりはその中のある部分に反対であるということもあるでしょう、たとえばデザインとかサイズとか。そういう場合もその旨を指摘して提出し、担当オフィサーが妥当だと判断したら都市計画申請の計画修正を申請者に求めることもあります。

最終的な案が検討される場合、都市計画申請の中でも小規模なものは、都市計画の専門家であるPlanning Officerが許可、不許可を決めます。けれども、中・大規模な開発や反対意見が多いものは市議会の都市計画委員会で話し合いの後、市議会議員によって決められます。

専門家である都市計画家は助言をするが、最終的に結論を出すのは投票によって選ばれた代表がします。民主主義にもとづいた仕組みになっているわけです。月に一度くらいの割合である都市計画委員会は公に公開されているので、誰でも気になる開発が決められる会議を傍聴することもできます。

開発デザイン変更の実例

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私も以前住んでいたところで、自分が提出した手紙の議論が受け入れられ、建築家がもともとのデザインを変更したことがありました。

近所の空き地に数件の住居を立てるという計画だったのですが、許可申請されたときのデザインはイギリス全国どこにでもあるようなレンガ製のスタンダードなデザインの建物だったのです。

その地域は昔から石でできた建物が立ち並ぶところでしたし、都市計画マスタープランにもそういう景観を損ねないようにすると明記してありました。それで「計画されているデザインや建築素材はまわりの景観にそぐわないし、プランで定められている方針にも反する」として、意見を述べました。

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建築材料としてレンガは比較的安価ですが、今時、本物の石を使うと費用がかなり高くなります。それで、石造の建物が立ち並ぶ地域でも、新しく建物を建てる場合はほかの建材を使ってコストを下げることが多いのです。

もし、その建物が道路から見えないところに建てられるのなら、そう問題はありません。でも、この場合は人や車がたくさん通る道路沿いに建てられる予定だったので、反対意見を述べたのです。

その結果、修正されたデザインはその地域で産出される自然石を素材とする、おおむね納得いくものでした。そして、最終的にはその改善案で都市計画許可がおりました。

それに基づいて建てられた住宅は新しいデザインながらも、既存の古い建物に調和していて、それと言われなければ気がつかないような自然な景観の一部になっています。設計変更をした建築家がどこでもやるような使いまわしのデザインでなく、その土地に合わせた設計を検討し直した成果です。

それなら、はじめからそうしてくれればよかったのにと思います。まあ、あわよくばローコストで行こうとしたのでしょう。私が反対意見を提出しなかったら、申請時のデザインのままで都市計画申請が許可されたかもしれません。でも、私が出した反対意見に、その件を担当した都市計画家が賛成してくれたのでしょう。めんどうがらずに反対意見を提出してよかったと思いました。

まとめ

イギリスの都市計画申請はこのように1件1件市民の意見を聞きながら許可するかどうかを決めるシステムになっています。なので、ただでさえプロセスが複雑なのに、反対意見が出たりすると、さらに時間がかかります。

逆の観点からいうと、どんな開発でも市民ひとりひとりが意見を言う機会が認められているわけです。これは、民主的でもあるし、一般市民が自分たちが住むコミュニティーの環境を守ろうとする意識が育ちやすいシステムだともいえます。

自分が開発をする側だとちょっと面倒だけど、その分自分も含めてコミュニティに属するみんな、そしてその街の景観や自然環境が自分勝手な開発から守られているということです。

だから、面倒だったり複雑だったり時間がかかったりするし、時には個々の私権が制限されることもあるけれど、イギリス人はこの都市計画制度を守り続けているのでしょう。


いつも読んでもらってありがとうございます。