サオトメ 春の嫉妬まつり

3月10日(火)

昼前に起きた。睡眠時間が長すぎる問題。朝食だか昼食だかわからない和定食を今日も用意する。昨日仕込んでおいた塩豆腐、焼き鮭、目玉焼き、白いごはんにもずくのスープ。なぜ味噌汁を作らないかと言えばうちの冷蔵庫に味噌がないからだ。味噌買おう。

塩豆腐のレシピや宣伝文句で「まるでチーズみたい」というふれこみをよく見かけるけれど、自分で作っても市販のものでも、食べる度に、いやーおまえはチーズじゃないでしょう! と思ってしまう。美味しいけれどチーズではない。水分を抜いてうっすら塩味がする豆腐でしかないよ。焼き鳥風のお麩の串焼きとか、エリンギの松茸もどきとか、なんちゃって料理とか○○もどきレシピは全部信用していない。っていうか豆腐もお麩もエリンギもそのままで充分美味しいんだから、別の何者かに成り代わる必要がない。ありのままの姿を誇りながら私に食われてほしい。

成瀬巳喜男映画祭りが終わったので、一緒に借りてきた小津安二郎「秋刀魚の味」を観た。背景や色使いへのこだわりが強く感じられる。

その後、笹井宏之の歌集『えーえんとくちから』を読む。すごくいい。一章ごとに本を閉じて休憩を挟みながらゆっくり読む。

**暮れなずむホームをふたりぽろぽろと音符のように歩きましたね

ひまわりの死んでいるのを抱きおこす 季節をひとつ弔うように

廃品になってはじめて本当の空を映せるのだね、テレビは

(笹井宏之『えーえんとくちから』)**

とてもいい。上は特に好きだった歌。人に贈るつもりで買った本なのだけれどすっかり自分が夢中である。

昨日私はある日記の本を読んで「私はこの作品を好きではない、評価しない」と思った。そう思いながら、今日になってまたその本をぱらぱらと見返してみた。好きではない理由をいくつ並べてみたところで、それは正当な作品批評にはなり得ないし、行き着くところで自分の感情に名前をつけるとしたら、それは「著者に対する嫉妬」でしかないのでは、と思い始めている。自分を表現する手段を、書く以外にも持っている著者、それなのに書くことを選んで、書いたものが書籍になって、それが評価されている著者。作品がどうこうではなく、著者に対しての嫉妬が多分にあるような気がしている。

日記は書き手自身の経験したことや考えたことを綴るものだから、読み手は誰かの日記を読むことを通して、知り得なかったはずの誰かの日常や思想にダイレクトにふれることができる。それはもちろん日記の魅力であるけれども、読み手が感想を語ろうとしたときに、作品の内容を超えて書き手自身についてとやかく言いたくなってしまう、書き手に対して様々な感情を持ってしまうのではないか。
(「読み手は」だと主語が大きいな。「私は」です。)

実録系のエッセイや日記(マンガも含めて)で人気を得た作家さんたちは、そういう反応とどんな風に折り合いをつけているんだろうなあと考える。

twitterのサーチ画面を開くと、昨日の私が、著者の名前や書籍のタイトルとネガティブな言葉を組み合わせて検索をかけまくった痕跡が残っていてすごく恥ずかしい。仕事も私生活も順風満帆なように見える友人や、才能も運も持ち合わせているように見える表現者を羨むことなく、「ひとはひと、自分は自分」と思えるのが、自分の数少ない長所であるように思っていた。長所、なかった。ハイパー嫉妬ヤロウだった。そのことにめちゃくちゃ落ち込んだ。
家で一人でじっとしているとどろどろした感情が育ちやすい。仕事で忙しくしているときは、何かイヤなことがあってもすぐに愚痴れるし、負の感情も何かちょっと笑っちゃうような出来事があればすぐに上書きできる。あれほど嫌だ嫌だと言っているくせに、普段は仕事のおかげで沼に落ち込まずにすんでいるのだと思う。

夜、予約していた整体に行った後、大好きな先生のホットヨガのレッスンに出るつもりでいたのだが、今日は休館日であったことに気づいた。昨日もひまだったのだから昨日行っておくべきだった。昨日今日こそ、汗をかいて嫉妬らしき感情でどろどろになった体内をデトックスしたかった。
こうなったらもう、禁じ手にしていたサウナに行くしかない。ということで神楽坂の第三玉の湯へ。来るのは二回目。夕飯時だからかあの感染症のためか、サウナはほぼ貸し切りだった。水風呂の温度はほんの少し物足りないけれど、前回同様、サウナ→水風呂上がりの休憩中に浸かった熱い露天風呂がめちゃくちゃ気持ちよかった。水質がいいのか温度差がちょうどいいのかわからないけれど、身体がふるふるふるえてじわーっと熱が全身にしみていくような感覚がある。露天の端っこで小雨を浴びながら一人でふるふるしていると、露天風呂にやってきた常連さんらしい上品なマダムに話しかけられる。世間話すなわちあの感染症について。インドと上海に行く予定だった(元気だな!)のをキャンセルしてしまって、家にこもって誰とも話していなかったから退屈だと言っていた。

「本当に、家でじっとしているとよくないですよね!! 心の具合が悪くなちゃう」

と実感のこもった相づちをうつ私。

「温泉やジムはだめだって言うけれど、このくらいの距離でお話している分には、大丈夫よね」

と露天風呂の逆端っこに座ったマダムが不安げに言う。きっと大丈夫ですよ、なんとかこうやって気分転換しながら状況がよくなるのを待ちましょうね、と私はほとんど自分に言い聞かせていた。

#日記 #エッセイ #サウナ #嫉妬

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