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運命の出会い@蔵前散歩

2月15日(土)

昼過ぎまで休む間もなく働いて、昼ご飯を食べそびれる。昨日もらったいろんな味のキットカットを次々口に入れて飢えをしのいだ。

退勤して、浅草線の蔵前駅へ。双子のライオン堂さんと合同で日記本フェアを開催している蔵前の書店H.A.Bookstoreさんに行くのだ。ナビを頼りに駅から書店に向かう途中、インク屋さんや皮小物のお店や雰囲気のよさそうな飲食店がいろいろあって心が踊る。最近はいつもスニーカーで出勤していたのに、今日に限って、仕事の都合でスーツに歩きにくいパンプスだったので失敗したなと思う。ここは、お気に入りのワンピースと歩きやすい靴で散歩したい街だ。

H.A.Bさんは大通りに面した細長いビルの四階にあった。趣のある階段を上がっていくと、ドアの前でお店から出てくるお客さんとすれ違った。ドアをそっと押さえたつもりが壁にゴンッと打ちつけてしまって、本屋さん独特のあの雰囲気を邪魔してしまったのではないかと焦る。

入ってすぐの左手が日記本フェアの棚になっていた。私の本も、たくさんの日記の本と一緒に、表紙をこちらに向けて並べてもらっている。店主さんにごあいさつしてから、日記本フェアと他の棚をゆっくりじっくり見て回る。大型書店ではいつも決まったフロアや決まった棚しか見ないけれど、こだわりを持って選書しているこういう書店だと店の中を隅から隅まで眺めるから、思いも寄らない出会いがあって楽しい。日記フェアでふと手にとった『バームクーヘンでわたしは眠った』、読むのが楽しみ。あとは気になっていた本たちと、お店の小冊子のバックナンバーをそろえた。

買った本を読みたくて、店主さんに近所で本がゆっくり読めるカフェをいくつか教えていただいた。けれど、行ってみると満席で外まで行列していたり閉店間近で食事のオーダーがストップしていたりして(忘れていたけれど私はとてもおなかが空いていたのだ)断念。チョコレート専門店で試食をしたらとてもおいしかったので、今度は併設のカフェにも入りたい。そのままカフェを探しつつ街を散歩して、かわいい子供服のお店を見つけたりした。

足が疲れてしまって地下鉄の入り口まで戻ってきたときに、カラフルなドライフラワーが天井からたくさん吊されているお店を発見。なぜか吸い寄せられて入ってみることに。かたいドアを開けると、そこはドライフラワーを使ったブーケやアクセサリーがたくさんある世界で、美しいものに囲まれて気持ちがぱっと華やいだ。やさしい店員さんががいろいろと話しかけてくれた。お花屋さんだと思われがちだけれど、天井のドライフラワーはアクセサリーや靴の素材とのこと。

靴。そう、靴。はじめは手前の棚に並んだ色とりどりのブーケやアクセサリーに目を奪われていたのだが、お店の奥の棚に並んだ靴が本当にどれもすてきに美しかった。立ち仕事だし腰痛持ちなので最近は歩きやすいスニーカーやムートンブーツばかり履いているが、私は本当に美しいデザインの靴を見るのが大好きなのだ。

並んだ靴のほとんどが、透明なヒール部分にドライフラワーを宿している。ヒールにお花の入った靴、というと、華奢で実用性のないデザインのパンプスを思い浮かべると思うのだけれど、このお店には編み上げのブーツやメンズライクなフォルムの革靴や、柔らかな一枚革のシューズや様々なデザインの靴があって、ヒールの高さも高めのものから3センチ程度のものまであった。どれもパーティーや特別な日にしか履けないデザインではなく、どこまでも歩いていけそうだった。そして、ヒールに宿したお花の可憐さに頼るのではなく、お花とデザインがお互いを引き立てあって靴全体が意志の強さと美しさを表現しているように感じられた。だからこそここまで心をひかれたのだと思う。「うちの靴を履いていると、よく外で知らない人に声をかけられるらしい」と店員さんが話していたけれど、確かに私も、上りのエスカレーターで前の人がこんなすてきな靴を履いていたらぜったい凝視してしまうだろうなと思う。
気づけば、店員さんに薦められるまま何足も試着をしていた。疲れも空腹もすっかり忘れていた。靴やお花を「この子」と呼び、一足履くごとにその靴のデザインのこだわりポイントや素材のお花の花言葉を教えてくれる店員さんの姿から靴への愛が伝わってくる。そんなふうに愛されて生み出された靴を身につけて鏡の前に立つと、自分まで凛々しくなれるような気がした。

どの靴も正面のデザインだけでなく、横や後方から見たときのシルエットがとても美しかった。同じデザインでも一足ずつ、踵のお花の種類やちりばめ方が違うのだけれど、同じデザインの靴でも、優しい印象のミモザ単体のものと、ブーケのように様々な種類のお花をちりばめたものでは後ろ姿の印象がまったく異なるので驚いた。

これと決めた一足を連れて帰ることに、もう迷いはなかった。決して安いお買い物ではないけれど、こういう瞬間に躊躇せず自分の心に正直になれるように毎日働いているのだ。
予定通りカフェに寄って満腹になって満足していたら、たぶんそのまままっすぐ帰宅していたと思う。足が疲れたなと思いながらこのお店にふらりと立ち寄ったのもきっと何かの運命だった。

何度も試着をしながら、黒のレースアップのパンプスと、黒の一枚革のシンプルなシューズの二足まで絞り込んだ。どちらもヒールは3センチ。「僕はお客さんが悩んでいるときとき、こっちがいい! ってずばっと言っちゃったりするんですけれど、どちらもよくお似合いだから難しいですね。どんな靴でも履きこなせる方なんだと思いますよ」とうれしすぎる言葉をかけてもらう。外反母趾で幅の広い足にコンプレックスしかなかったし、腰痛で高いヒールの靴は履けないけれど、なんだか呪いをといてもらったような気持ち。「当たる部分があってもこちらでお直し可能な範囲なので心配ないです」と言ってもらえる、職人さんの手仕事の安心感。

バックヤードからデザイナーさんも出てきてくれて、いろいろ相談に乗ってくれる。SNSに上がっているコーディネート写真を見せてもらって(着物に合わせて着るのが流行っていると聞いて、なるほどその手があったか! という気持ち。袴を着るときに合わせたい)、どれもすてきすぎてよけい悩む。

最終的に、ヒールに赤やピンクの薔薇と緑の葉を宿した一枚革の靴「tetote Black」を連れて帰ることに決めた。

黒と赤のコントラストが大好きなのと、スーツでもカジュアルなワンピースでも合わせられる万能感と抜群のフィット感が決め手になった。「お出かけ用のつもりでこれ買った小さい子持ちのママさんが、毎日この靴を履いて公園行って子供を追いかけてるそうですよ」という話を聞いて、その光景が目に浮かんだ。ぺちぺち走る幼児の後を追いかけてカラフルな遊具の間を通り抜けていく赤い薔薇。こんな素敵な靴がそんな最強で最高の普段使いができるなんて。私もたくさん歩いたり立ち仕事で疲れたりする毎日にこの靴の力を借りて、最強で最高の自分になりたい。この靴を履いてまた遊びに来ます、と約束して、店員さんに見送られてお店を出た。

お店の名前は「MABATAKI美雨」さん。近いうちに、気に入っているワンピースを着て、カラータイツかラメの靴下と合わせてこの靴を履いて、また蔵前に遊びに行く。MABATAKI美雨さんに顔を出して、H.A.Bさんで本を選んで、そして今度こそ、すてきなカフェでおいしいコーヒーを飲むのだ。

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