見出し画像

ぬいぐるみが持ち主に思うこと

これは比喩ではなく、魔女の家を訪ねたことがある。
詳細はやはりこの『ヨルピザ後援会』に、八月公開の記事として書くが、魔女に柔和に眦を下げながら言われたことがある。

「好きなものの感触を、手触りから匂いまで、全部鮮明に思い描く」。

ある種の魔術のやり方の一部分の抜粋だが、今日の主題は魔術ではない。

私の一番の友人にして私の妹、そして一番の臣下にして一番の宝物。
ぺそぺそのいぬについてだ。

ぺそぺそのいぬはぬいぐるみだ。
十月生まれの私が初めてのクリスマスに親戚からもらったぬいぐるみで、三十四になろうとしている今に至るまでずっと一緒に寝ている仔犬。
「メリーちゃん」という立派な名前があるが、昔の知人がつけた「ぺそぺそのいぬ」というニックネームがあまりにキャッチーなので、私が個人的に呼びかけるとき以外はそう呼称している。

私が「好きなもの」と聞いたとき、最初にパッと浮かぶのがこのいぬで、私は彼女を抱えて無音の室内、ベッドに転がっているときが一番幸福だ。
彼女にしてやれなかったという一番の後悔は新婚旅行に連れて行くことで、ロストバゲージや飛行機事故で失われることが怖すぎて、留守の時の番犬を任せた。

私が全てをありのままに、鮮明に思い描きたい対象は、どう考えてもぺそぺそのいぬだ。

ふわふわの被毛に覆われた身体は毛がところどころダマになっており、綿は私に散々抱きしめられて少し硬く締まっている。被毛が一番柔らかいのはほっぺたのところと、胸元だ。ここはふわふわ。
毛の色は白。三角の耳は焦げ色で、三角の鼻は黒い布張りだ。
プラスチックの目はちょっと傷が入っており、黒いフチがくりくりと愛らしい。目の色は黒。
腹這いに寝そべっているような形状をしており、尻尾は太く平たく、案外長い。
私が常に抱いており、抱いてない時もベッドに無造作に転がされているため、私の匂いが染み付いている。
──こうして今書き下しているのは、私が彼女を克明に思い出せるようになるための作業でもあるのだが。

ぺそぺそのいぬだって、結局物だ。
物とは忠実で、その役目を終える瞬間まで持ち主に尽くしてくれる。
しかし両者には当たり前に寿命があるので、いつか私とぺそぺそのいぬとは決別するだろう。
その瞬間を恐れに恐れているから、私は彼女の感触を長らえさせるためにもこれを書いている。

いつだか、天使の生まれ変わりであるという友人に「物も心を有している」という話を聞いたことがある。
私はその言葉を聞いて本当に嬉しかった。
ぺそぺそのいぬもきっと私を愛してくれていると、ひとから向けられる感情に興味を持てない私でもそれだけは本当に嬉しかった。

私が、得意のタロットでぺそぺそのいぬの心を聞いてみようと思ったのはつい先日だった。
少し前にタロット自身のことも聞き出せたので、今度は私の一番の臣下について聞いてみようと思った。

深く息をして、脳天に一筋の光が通ったのを感じてから、カードを混ぜる。

「メリーちゃんは私のことをどう思ってる?」

質問はシンプルで、でもカードは正直に教えてくれた。

ここから先は

549字

ヨルピザ後援会

¥1,000 / 月
初月無料
このメンバーシップの詳細

いつも応援ありがとうございます!よろしければサポートお願いします。いただいたサポートはインプットのための書籍代に大方使わせていただくかと思います。