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雪の日の湖

雪が。降ってくる。周囲には誰もいない。木々がまどろみの中で。口ずさむ音。沈黙。沈黙という音――。狐の足跡が湖から続いている。湖から生まれた狐、を想像する。品のいいその尾は黒く、そして銀色に艶めくだろう。雪の降り止まない日の、湖に落ちた、木の影のような黒。晴れた日の、凍えるほどに寒い夜の、星の光。


幻影を追いながら歩く。動物になったつもりで、ひそひそと、足跡をつけていく。防寒具に包まれた身体は寒くないが、少しだけ吹いている風と、頬に当たる雪が冷たい。痛みさえ感じる。


針葉樹の枝に大きな鳥の影を見た気がした。金色の獰猛さが、わたしをただの生き物にする。


いつしかわたしは獣になっている。あるいはその影に。仄暗い湖の周りを歩く。踏みしめるたびに命の刻印を刻んでいく。森の中でいくつもの命が息をひそめ、歩き、死にゆきながら生きているのを感じる。遠くでわたしを見るものがいる。ヒトの形をしたそれは、凍りついたように動かない。


雪が。忘れ去られた、約束が。降ってくる。降ってくる――。