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デザイン経営のストーリー戦略による分析と知的財産権の出願態様への影響等②

今回はケーススタディとなります。

六、デザイン経営導入事例1(鳴海製陶の場合)
1、鳴海製陶について

 1946年2月1日創業。食器事業と産業器材事業を事業内容とする。特にボーンチャイナが有名であるが食器としてガラス製品も扱い、産業機材事業ではヒーターパネルや手洗い器も手がけている。


2、鳴海製陶におけるデザイン経営のストーリー戦略による分析
(1)目標:Willing to pay(WTP)
 鳴海製陶の事業である陶磁器業界は市場全体が縮小傾向にあり、日用陶磁器の減少が著しい(図1-1)。ボーンチャイナやニューポン、アルミナ強化磁器を用いた食器は東南アジアで日常的に生産され、低価格で手に入るようになったことや、陶磁器以外の素材を用いた日用品の台頭によることが輸入額の減少から窺える(図1-2)(日本セラミックス協会「セラミックス 51(2016)No. 12」)。
(図1-1、図1-2の引用元URL:

https://www.sbbit.jp/article/cont1/37077)

 このような低価格の商品も市場に並ぶ中で、OSOROをリリースしたことに鑑みれば、鳴海製陶は低コストよりもWTPを目標にしたと考えられる。
(参考URL:

https://www.chukei-news.co.jp/news/2013/04/22/OK0001304220201_01/)

(2)コンセプト:「食器を消費者自身が編集する」
 田子はプロジェクトに携わる中で、鳴海が描く「食卓像」と現代の「食卓」にはギャップが存在し、鳴海製陶の強みが「ボーンチャイナ」自体ではなく職人や物づくりの姿勢であることに気づく。そして、徹底的に「なぜ」を突き詰めていく中で「モノではなく、全ての人に幸せな食生活を届ける」という企業理念に立ち戻り、「人々が生きていく上で幸せを感じる必要がある」という抽象的概念を、「現代の消費者の幸せは取捨選択による自分らしさの追求にある」に具体化し、前記コンセプトに表現された。

(3)構成要素:プロジェクトの中で、前記ルールに基づいて行われたこととして、以下のことが挙げられる。
①キービジュアルとプロトタイプ(4(2)⑨)
②インフォグラフィクス(4(2)⑪)
③コンセプトブック(4(2)⑧)
④イベントデザイン(4(2)⑧に相当)

(4)クリティカルコア:「ボーンチャイナの工場を使って今までと異なる材料を用い、食器を作ること」
 前記のとおり、田子は鳴海製陶の強みが「ボーンチャイナを用いた技術」ではなく、その上位概念である「職人や物づくりの姿勢」にあることから、「材料としてボーンチャイナを用いなくても良いのでは」という結論に至る。
 職人や物づくりという観点からすれば、「技術の積み重ね」が常識であると考えられるため、このような判断は「一見して不合理」といえる。しかし、今回のコンセプトから考えればボーンチャイナにこだわる必要はなく、「職人や物づくりの姿勢」を価値の基軸として、どのように提供するかの方が重要である。したがって、「コンセプト」と「クリティカルコア」は論理でつながっているといえる。
 以下では更に「クリティカルコア」及び「コンセプト」と各構成要素の論理的繋がりにについて検証していく。

(5)論理的繋がりについて
 まず、上記構成要素は社内の利害関係((3)①)と消費者((3)②、③、④)との関係に分けられる。なぜならコンセプトは両者に関係するが、その上位概念をどう伝える、どう具体的に落とし込むかは異なってくるからだ。

①社内の利害関係
 クリティカルコアが「ボーンチャイナを用いない製品作り」にある以上、今まで鳴海製陶内で用いられていた慣習や文脈ではコンセプトを理解しきれないことは想像に難くない。
 そこで、鳴海製陶のOSOROプロジェクトにおいては、まずコンセプトの整理を行い、コンセプトを具現化するためにプロダクトデザインの検討及び3Dプリンターを用いた試作品を作ったことが述べられている。
 プロトタイプを前提にコンセプトを具体的にする議論が行われ、その過程を通じて新たな文脈が作られていることから、キービジュアルとプロトタイプはクリティカルコア及びコンセプトとつながっていることがわかる。

②消費者との関係
 消費者との関係でも今までの鳴海製陶の文脈を用いることができないことから、消費者に対しても伝える機会を増やすことが必要となってくる。
 インフォグラフィクス(情報やデータを視覚的に表現したもの)は時に言葉をこえてコミュニケーション能力を発揮する。特にOSOROでは、食卓に置かれるイメージしかなかった食器という静止画を調理や保存という動画にまで広げることで、その提供価値が変わってくるという気づきから、その提供できることを消費者に伝える必要があるが、言葉だけの説明ではその情報量から敬遠される可能性がある。そのためインフォグラフィクスを用いることにより、その提供できることを伝えられる。
 また、コンセプトブック=鳴海製陶が提供したい「物語(narrative)」を提供することにより、一層コンセプトを認識することにつながる。
更に、イベントデザイン(展示イベント)により、食のある暮らしを多角的に捉え、楽しみを見出すことも「食器を消費者自身が編集する」というコンセプトから必要でもある。

③まとめ
 このように、「食器を消費者自身が編集する」というコンセプトを実現するため、「ボーンチャイナを用いない食器づくり」ということが新たな言語化(コミュニケーション)の必要性を生み、それが「キービジュアル」「インフォグラフィクス」「コンセプトブック」「イベントデザイン」という各構成要素と論理的に結びついていることから、「ボーンチャイナを用いないものづくり」が鳴海製陶のデザイン経営におけるストーリー戦略のクリティカルコアだといえる。


3、デザイン経営における知的財産活動の影響
(1)調査設計について
 「OSOROは意匠デザインと商標について多くの権利を取得している」(田子p.277)との記載から、以下の要件の下、デザイン経営における知的財産活動の影響について考察する。
①主に意匠及び商標の出願件数、権利範囲の変化について考察する
②プロジェクト期間である2009年から2012年までを中心に前後4年間を調査期間とする
③調査にはjplat-patを用い、「出願人/権利者」を鳴海製陶株式会社にし、「出願日(国際登録日)」に各年度間を入力し調査した。

(2)意匠への影響
①出願動向
物品名(出願件数)/調査出願期間(出願総数)

2005年~2008年(90件)/ 2009年~2012年(71件)/ 2013年~2016年(3件)

食卓用皿 :51件/ 27件/ 1件
取付け用手洗い器 :3件/ 0件/ 0件
食品用ふた物 :2件/ 0件/ 0件
コーヒー碗及び受け皿(受皿): 16件/ 9件/ 2件
食卓用鉢: 6件/ 0件/ 0件
ミルク注ぎ: 1件/ 1件/ 0件
ティーポット :2件/ 2件/ 0件
置物: 1件/ 0件/ 0件
砂糖入れ: 1件/ 1件/ 0件
コップ: 4件/ 7件/ 0件
手付きコップ: 3件/ 7件/ 0件
なべ: 1件/ 0件/ 0件
花瓶: 1件/ 0件/ 0件
飲食用スプーン: 0件/ 1件/ 0件
飲食用容器: 0件/ 14件/ 0件
飲食容器用密封具: 0件/ 6件/ 0件
*2015年に石塚硝子の子会社化した影響であると考えられる。

②事実整理
 まずは、形式的変化に注目する。出願総数は90件→71件→3件と減少しているが、2015年に石塚硝子の子会社になったことから、後期4年間は3件に留まっていると考えられる。このため、実質的には2005年~2008年(以下「前期」と表す)と2009年から2012年(以下「後期」と表す)での変化が重要になる。
 また、出願に係る物品は「食卓用皿」が前期で最も出願数が多い物品であることがわかる。だが、次に出願数が多い物品は前期の「コーヒー碗及び受皿」から後期の「飲食用容器」へと変化している。
次に権利範囲(権利取得態様)についての変化を見ると、2012年に関連意匠と部分意匠について初めて権利取得されている。
(参考URL:
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/DE/JP-2012-011803/5F381917C2CCB05A758A0C9F6BB3894A878193BCB9133DB66C951D28D9825166/30/ja
 これらの変化はデザイン経営が行われたことによる影響といえるだろうか。

③考察
 前記のとおり、鳴海製陶で行われたデザイン経営におけるコンセプトは食器という存在を動画で捉えたことによる「食器を消費者自身で編集する」ことにあるので、「食卓用皿」や「コーヒー碗及び受皿」のように静止画(使用場面を限定している)で捉らえている物品以外の物品が必要であることは想像に難くない。現に「飲食用容器」は消費者を立体的に見たときに、食器を下ごしらえ・調理・保存など生活の一面から捉えた動画としての意味を持つと解せられる。
 例えば、意匠登録1460658の「意匠に係る物品の説明」において、前記コンセプトは次のように表現されている。
「本容器は調理時に、食器用密閉具を介して密閉型調理容器を形成するもので、調理用容器として飲食物を収容するか、蓋にするかを調理内容によって選択可能としている。また、飲食時には蓋とした容器も飲食用容器として、そのまま使用することが可能な飲食用容器である。」(太字は筆者による)

 そして権利範囲の面からコンセプトとの関連を考えると関連意匠として権利取得することは充分考えられる。関連意匠制度の制度趣旨は一つのコンセプトデザインから生まれた意匠群を創作的観点から同等に保護することにあるからだ。
 では、部分意匠とコンセプトの関連はどうか。前記登録意匠の「意匠の説明」では次のように説明されている。

調理時に飲食物を収容するか、蓋にするかを調理内容によって選択可能とするため高台部を低く設けた点、及び飲食用容器として使用する際、高台が低いことで手の保持が不安定にならず、また指先の当たり感触を良好にするため、略円形状の膨出部を容器底面部に設けた点に特徴を有する。」(太字は筆者による。なお、使用状態参考図1では皿として、使用状態参考図3では蓋として使用できることが示されている。)

 このような「意匠に係る物品の説明」及び「意匠の説明」の記載から鑑みるに、確かにコンセプトと結びつくものであるが、「飲食用容器」の全体意匠として出願しなかった意図はこれらの記載からは窺い知ることはできず、部分意匠として出願したことは、独創的で特徴ある部分を取り入れつつ意匠全体として非類似にすることにより侵害を回避するという巧みな模倣を防止するという部分意匠制度の趣旨による理由を除き、見いだせないと言える。

(3)商標への影響
①出願件数と指定商品の推移
区分(出願件数)/調査出願期間(出願総数)

2005年~2008年(5件/) 2009年~2012年(23件)/ 2013年~2016年(17件)
区分21: 5件/ 23件/ 14件
区分09: 2件/ 0件/ 2件
区分14: 2件/ 0件/ 4件
区分24: 0件/ 1件/ 0件
区分35: 0件/ 3件/ 0件
区分8: 0件/ 0件/ 5件
区分16: 0件/ 0件/ 4件
区分18: 0件/ 0件/ 4件
区分30: 0件/ 0件/ 2件
区分20: 0件/ 0件/ 1件
区分25: 0件/ 0件/ 1件

②事実整理
 まずは、三つの期間を前期・中期・後期と分けてみてみると、プロジェクト参加前の「前期」からプロジェクト参加後の「中期」「後期」で出願総数が増加傾向にある。
 次に前期から中期にかけて指定された区分の種類数を比較すると、前期中期ともに3つであるが、出願件数はおよそ4倍に増えている。
 これはデザイン経営が行われたことによる影響だろうか。

③考察
 需要者(消費者)は商標が付された商品等は一定の出所から流出したという出所識別機能等を目印として商品等を購入する。つまり、同じ商品の種類であっても商標という識別を与えることで、「違い」が生じることから、生産した商品の種類の分だけ商標は存在することができる。このため、ある商品群をワンパッケージとして、例えば同じ区分につき称呼や観念に共通点をもたせるものの、全体として非類似にすることでブランド展開を図ることも考えられる。
 まず同じ区分であるが、指定商品に記載された代表的な商品を比較すると、

区分21(前期):
鍋類、食器類(貴金属製のものを除く。)、こしょう入れ・砂糖入れ及び塩振り出し容器(貴金属製のものを除く。)、卵立て(貴金属製のものを除く。)、ナプキンホルダー及びナプキンリング(貴金属製のものを除く。)、盆(貴金属製のものを除く。)、ようじ入れ(貴金属製のものを除く。)、タルト取り分け用へら、清掃用具及び洗濯用具、食品保存用ガラス瓶、貯金箱(金属製のものを除く。)、花瓶および水盤(貴金属製のものを除く。)

区分21(中期):
なべ類、シリコン製鍋蓋、食器類、食品保存用ガラス瓶、こしょう入れ、砂糖入れ、塩振り出し容器、卵立て、ナプキンホルダー、ナプキンリング、盆、ようじ入れ、タルト取り分け用へら、なべ敷き、はし、清掃用具及び洗濯用具、貯金箱(金属製のものを除く。)、花瓶、水盤

となっており、記載内容に若干の増加と変更が見られることから将来のブランド展開も見据えた出願といえる。
 ここで、プロジェクト期間において出願され登録された商標を調査すると、まずはプロジェクト名である「OSORO(称呼:オソロ、登録5497492)」があり、続いて「O-totsu(称呼:オートツ、登録5532650)」、「O-sealer(称呼:オーシーラー、登録5532651)」、「O-connector(称呼:オーコネクター、登録5578369)」という「OSORO」から「O(オー)」を共通項としてもつ3つの商標が見受けられる。
 これらは、意匠で出願された物品「飲食用容器」をパーツ毎に商標出願したものであり、全体として一つの統一したイメージをもって商品展開しようとする意図が見えることから、中期における出願はデザイン経営に端を発したものといえる。

 では、中期の出願戦略は後期にかけても受け継がれているか見てみる。
後期において特に商標との関連を見てみると、確かに区分21の件数は後期全体における出願数の大部分を占めているが、中期において権利取得された「OSORO」やパーツ毎の商品名と共通なのは「NARuMI\OSORO\STYLE」(登録5879970、結合商標)だけである。


5、小括
 鳴海製陶で行われたデザイン経営と知的財産活動(主に意匠・商標の出願)の関係では、デザイン経営による知財活動はあると言えるが、その範囲や効果は限定的であると考えられる。

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