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デザイン経営のストーリー戦略による分析と知的財産権の出願態様への影響等①

目次
一、はじめに
二、スト-リ-としての競争戦略について
三、デザイン経営について
四、両書籍におけるル-ルの紹介
五、本レポートの目的

1、はじめに
 現在、国内ではあらゆる市場が成熟化し、利益を創出できていないことから、経営にデザインを取り入れる「デザイン経営」が注目されている。
 「デザイン経営」とは、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法である。その本質は、人(ユーザー)を中心に考えることで、根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を、柔軟に反復・改善を繰り返しながら生み出すことにある。(特許庁HPより)
 ただ、「デザイン経営」は導入している企業によっても理解や実践方法がまちまちであり、浸透し切れていないこともある。
 また、知的財産分野においても特許庁主導により「デザイン経営」の活用が主張されているが、上記課題に加え「デザイン経営」と「知的財産の活用」については未だリンクの強さや深さが解明されていない部分があると考えられる。

二、ストーリーとしての競争戦略について
 「ストーリーとしての競争戦略」(2010)にて楠木は、
「優れた戦略とは思わず人に話したくなるような面白いスト-リ-だ、ということです。戦略を構成する要素がかみ合って、全体としてゴ-ルに向かって動いていくイメ-ジが動画のように見えてくる。全体の動きと流れが生き生きと浮かび上がってくる。これが『スト-リ-がある』ということです。
 流れを持ったスト-リ-というその本質からして、戦略はある程度『長い話』でなくてはなりません。競争戦略を『ストーリーづくり』として理解する視点と、その背後にある論理です。ストーリーという視点に立てば、競争戦略についてこれまでと違った景色が見えてくるはずです。」(まえがきより)
と述べている。

 企業の事業活動目的は「持続的成長」であり、そのため「WTP(willing to pay=顧客が支払いたいと思う水準)」か「低コスト」という競争優位性の獲得を目標(goal)とする。楠木はそれらのゴールに向かうために「コンセプト」「クリティカルコア」の必要性を主張する。
 「コンセプト」は「なぜその事業なのか」「なぜその商品・サービスなのか」「なぜ我々が取り組むのか」から始まり、最終的には「WTP」または「低コスト」につながるものである。また、その一連の流れが一言で集約され得るものであり、「ストーリーとしての競争戦略」においては、サウスウェスト航空の「空飛ぶバス」、スターバックスの「第三の場所」が例として取り上げられている。「コンセプト」はスタートからゴールまでの一貫性を維持するものであるので、一言で集約されるとはいえ、広告宣伝におけるキャッチコピーとは異なる。キャッチコピーは完成品と消費者を結びつけるものであるからだ。
 「クリティカルコア」は、「一見すると不合理」だが「コンセプトや構成要素」と結びつくことにより該企業の強みとなっていることと説明されている。「ストーリーとしての競争戦略」においては、アマゾンの「フルフィルメントセンター」を例として取り上げている。
 換言すれば「クリティカルコア」とは「業界常識や慣習」に反しているが、該企業のstrategic positioning(=市場における選択した立ち位置)、organizational capability(=組織能力)と相まって結果的に真似できなくなった強みを意味する。

三、デザイン経営について
 田子は「デザインマネジメント」(2014)の中で、デザインマネジメントとは「課題の発見と抽出」「既存フレームの再構築」「新たな価値の発明」「複合的な情報処理」であり、デザインマネジメントで得られる効果として「ビジョンの明確化」「チームの活性化」「人材の発掘」「モチベーション」「戦略の創造」などを挙げている(田子p.34-44)。
 そして、デザインとは「社会的課題を産業で解決する仕組み作り」と定義づけている(田子p.86)。

四、両書籍におけるルールの紹介
「ストーリーとしての競争戦略」においても「デザインマネジメント」においても、全ての事業に当てはまる絶対的な解は存在しないことが主張されている(楠木p.27-38、田子p.355)。
 一方で、それぞれ取り組むべき課題があるときに注意すべきこと、つまりルールについては各々触れられているので、以下ではそれぞれが実践しているルールについて、筆者が要約した形で紹介する。


1、ストーリー戦略の場合(楠木p.429-496)
(1)エンディングから考える
戦略の目的は長期利益の実現にあり、そのためには「競争戦略」と「コンセプト」の二つを決める(=エンディングから考える)。戦略ストーリーの優劣の基準が「一貫性」にあるからである。

(2)「普通の人々」の本性を直視する
コンセプトを構想するには「誰をどのように喜ばせるのか」をはっきりとイメージしなくてはならず、「今そこにある価値」を捉え、「業界ナンバーワン」「世界水準」といった主観的価値は用いない。

(3)悲観主義で論理を詰める
コンセプトは楽観的(一度決めたら動かさない)であるべきだが、一貫したストーリーを作るためには構成要素の論理関係を悲観的(なぜ関係性が生まれるのか)に考えなければならない。

(4)物事が起こる順序にこだわる
ビジネスモデルの戦略とストーリーの戦略は似ているが、前者が構成要素の空間的配置形態に焦点を合わせている(静止画的展開)一方で、後者は時間的展開に注目している。

(5)過去から未来を構想する
ビジネスを継続的に成長させるためには、「長い」ストーリーが必要になる。しかし、未来は誰にもどうなるのかわからないので、コンセプトから見たストーリーという未来を見る。
その際には「窮屈さ」を感じるくらいのストーリーがよい。

(6)失敗を避けようとしない
失敗は避けられないので、試行錯誤を重ねてストーリーを修正していく。その際には、失敗の定義をしておく。ビジネスは本質的に実験であるからである。

(7)「賢者の盲点」を突く
クリティカルコア(前記「2、ストーリーとしての競争戦略について」参照)の形成。
ただし、様々な情報を集めれば見つかるものではないことに注意。

(8)競合他社に対してオープンに構える
ストーリーは各構成要素のシンセンサス(綜合)なので、模倣の脅威は大きくない。競合他社が模倣しようとするのは各構成要素であり、ストーリーそのものではないので模倣しきれない。仮に模倣しようとするとストーリー全てを模倣しなければならず、組織面や費用面から齟齬が生じ、結果的に企業の競争優位を強化する。

(9)抽象化で本質を掴む
戦略が特定の文脈に埋め込まれた特殊解である以上、決定論や法則では戦略ストーリーは作れない。様々なストーリーを数多く読み、背後にある論理を読解する。

(10)思わず人に話したくなる話をする
話したくなるということは、本人の中で論理がつながっていることである。


2,デザイン経営の場合(田子p.356-389)
(1)行動観察
フィールドワークを通して「現象」を実感し、課題の種を発見することが目的。具体的方法として「エスノグラフィー」があり、消費者の行動様式を観察し、want(上位概念)を見出すことにより行う。

(2)キャスティング
それぞれの役割を明確にすることにより、意見が尊重され、メンバーは「やりがい」を感じられるようになり、チームとして一体感をもたらす。

(3)マインドセット
消費者や市場動向、プロジェクトなどの情報を一つにする。

(4)ワイガヤ
ブレインストーミングにより間合いや雰囲気から「知恵の共有」を行う。

(5)キーワード連鎖マトリックス
記録された言葉の中から、身につくワードを抽出する。気になったキーワードについてブレインストーミングを行い、言葉と言葉の関係性などを可視化する。

(6)シナリオ
5W2Hを用いていくつかのシナリオを作成する。「なぜこのプロジェクトが必要か」という上位概念を念頭に、消費者の潜在的欲求(ウォンツ)を見つけ、企業ができることを探る。

(7)システムシンキング
利害関係の調整。アイデアを活かすためのネガティブチェックであり、アイデアの否定ではない。

(8)物語(narrative)
「背景」や「文脈」、消費者(社会)との接点が描かれ、消費者と企業の成長を想像できる情緒的な物語により存在価値を伝える。なお、田子は、物語は「ストーリー(話の筋)」ではなく、「ナラティブ(話の筋の背景にある因子と関係をつなぎ合わせること)」だと主張する。

(9)プロトタイプ
言葉や紙の上で議論するのではなく、実際にモノを目の前にして五感を使って判断し、実感をもって判断することが目的である。

(10)ビジュアルプレゼンテーション
言葉ではなく、ビジュアルで掲出することにより多くの情報を得ようとするので、言葉の情報を得られる。

(11)インフォグラフィクス
情報を視覚的に表現した図のことで、グラフやアイコンなどを使って直感的に情報を把握させる。言葉では膨大な情報量であるが、イメージ写真ではメッセージを確実に伝えきれないとき効果的な表現である。

五、本レポートの目的
 このように、特に「物語」について、戦略面からのアプローチと経営面からのアプローチに捉え方で若干の相違があり、「デザイン経営」と名付けていなくてもそれらのルールに基づき事業活動を行い、「物語」を消費者に伝えている企業がある一方で、その全てが競争優位を獲得しているとは限らないことがある。
 本レポートでは、「クリティカルコア」に注目し、「デザインマネジメント」にて挙げられていた企業をケーススタディとして、近年のデザイン経営をストーリー戦略(コンセプト、構成要素、クリティカルコア)で分析することにより「クリティカルコア」の存在と構成要素の論理関係を再構築すると共に、「デザイン経営」における知的財産権の出願態様への影響・効果の有無を明らかにしていく。

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