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「図書館」を考える

4月27日の饗庭伸さんがゲストとして出演していた西田研究室ラジオ「コロナの時期を面白がる建築学生ラジオ」(https://youtu.be/Ud98YB4sGnk)を聞いて、今考えていることを記録してみようと思い立ちました。

ここには、3年生はじめの設計課題である「図書館」について、今、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態の中で考えたことを書こうと思います。

図書館は、地域や学校などコミュニティを支える重要な知的インフラです。しかし、その多くは、3月半ばから新型コロナウイルスの感染予防として閉館してしまいました。4月7日の非常事態宣言を前にして、図書館は真っ先に閉鎖を余儀なくされたのです。これは、この事態が何を意味するのか、文章を構築しながら、私なりに解いていく試みです。ご高覧ください。

「図書館」を考える__本文

図書館は出あう場所、だと私は思う。

本を借りたり、勉強したり、図書館で受けられるサービスは、私たち利用者に知識情報を提供する。しかし、それは、検索エンジンでキーワードを検索するのとは違って、すごく面倒で、手間がかかることの方が多い。例えば、一冊の本から自分が探し求めているものを探すのに、該当しそうな何冊かの本を探して、ざっと目を通す必要があって、それでも答えが見つかる保証はない。それこそが図書館のいいところだと思う。図書館は、思いがけない本と出合う場所なのだ。

さらに、現代の図書館は単に「本を借りる」「勉強をする」などの機能を収容するだけの場所ではない。ほとんどが、その機能をベースに、コミュニティをデザインするという使命を持っている。観光地化や伝統継承、メディアに特化したメディアテーク(メディアとフランス語で図書館という意味のビブリオテークのもじり)など、そのかたちは様々である。少しこじれたように聞こえるかもしれないが、とにかく、みんなのお金でつくるみんなのためのものだから、本の虫みたいな人しか行かないような場所に見える場所にはしてはいけない。取り付く島があるということ。図書館の場所性が、広義になっているのはそういうことだと考える。

本や文字の中の世界は、しばしば力強く私たちが見たことのない世界を見せてくれるが、図書館はその性質を受け継ぐように、私たちが触れたことのないものと私たちを結びつける。それが、暮らしの豊さにつながると信じているから、図書館はなくてはならないインフラなのだと考える。

しかし、図書館という知的インフラが断たれた今、私たちは、コミュニティを一つ失ってしまったのだ。みんながツイッター・インスタグラムやZOOMなどオンラインのコンテンツで、なんとか乗り切ろうとしている今だからこそ、検索に引っかからないものに出あえる図書館は、かけがえのない場所だったのだと実感する。インターネットでは、替えられない決定的な性質がそこにはあって、それは図書館が持つ場所性が生み出すものだと考える。また、この非常事態を期に、物理的性質の本と電子書籍がもっと対等に扱われたら、図書館のあり方が変わるのかもしれないとも考える。

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