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1989年、日本にファシグラが初めてやってきた!~ 世田谷のまちづくりから始まった、会議での絵の活用~

ここ数年、絵を用いて対話や議論を視覚化し、促進していく手法に注目が集まっています。
「なんでこんな風に、グラフィカルな記録が用いられるようになったんだろう?」そんな問いを持っている方も少なくないはず。

様々な文献(※)を調査してルーツをたどったところ、1989年の世田谷区のまちづくり計画が起源であるということがわかりました。
そして驚くべきことに、まちづくり計画の背景にある社会の変化や事業の目指す姿は、2018年の今、サービスデザイン含むデザインや、事業戦略立案に関わる私たちに通じるものが多くあったのです。

そこでこの記事では、世田谷区のまちづくり計画から生まれた『住民参加のまちづくりを学ぼう!-アメリカのまちづくり手法をワークショップ形式で学んだ記録』を紐解きながら、「日本に最初にやってきたファシリテーション・グラフィックはどんなものだったのか?」、そして「2018年の私たちビジネスマンが、どうして絵を必要としているのか?」について考えていきたいと思います。
ちなみにこの本は、1991年に日本で初めてファシリテーション・グラフィック、グラフィック・レコーディングが体系化された文献でもあるのです。(技法名は本書の記載を踏襲しています)

※この記事の執筆にあたっては、視覚化の手法やその効果が述べられている43文献(書籍32冊、論文10件、ウェブサイト1件)を参考としています。「価値をうみだすための、場の目的にあわせた視覚化」をテーマとした論文執筆過程でこれらの文献を調査していました。

ハードから、ソフトへ。デザインする対象が変わっていった1980年代後半~1990年代

1980年代の世田谷区では、ハード面の建築ラッシュが落ち着いていく状況にありました。そして豊かな自然環境・文化的環境に恵まれた居住環境を守り育むための取り組みに注目が当たるようになります。
「住んでいる多様な人たちが、公園等の建築を活かして、豊かな生活をおくり、同時に育んでいくようにしたい。住んでいる人自らの視点やアイデア、思いを共有し参加していくプロセスが必要不可欠である」・・・そんな建築を含めたエコシステム構築を目指す視点から、住民参加型のまちづくりの必要性が求められるようになっていきました。

しかし、当時の日本では、住民参加の手法の蓄積ははじまったばかり。そこで、住民による主体的なまちづくり活動を支援する世田谷まちづくりセンター(現:(財)世田谷トラストまちづくり)浅海氏は、アメリカで実践している住民参加のプロセスや、ミーティング運営の技法をを学ぶためのワークショップを企画します。

ミーティングというグループワークの中で、相互刺激により数多くのアイデアが生まれ、お互いの立場と要求を理解し、複雑に絡み合った問題の意図をときほぐすことになれば計画はより許容性のある豊かなものとなっていくであろう。
ファシリテーション・グラフィックは、この理想達成を目指し、ミーティングの生産性を高める目的で考え出されたミーティング運営手法である。
『住民参加のまちづくりを学ぼう!-アメリカのまちづくり手法をワークショップ形式で学んだ記録』より引用

このとき講師として来日したのは、ランドスケープデザイン事務所MIGの代表ダニエル・アイソファーノ氏、ロビン・ムーア氏、スーザン・ゴルツマン氏の3名。
1989年5月15日・16日の二日間、三茶しゃれなーどホールにて、ファシリテーション・グラフィックを学ぶワークショップが開催されました。

絵の記録が持つ力~多種多様な人の思いや意見を共有し、実現可能なプロセスへ促す!~

このワークショップで面白いのが、「マーカーの持ち方」「水平線の引き方」から行う点。現在の絵を用いた記録手法を学ぶ様々なワークショップでも、いちばん最初に行われることが多いワークです。

※以降、モノクロの写真は『住民参加のまちづくりを学ぼう!-アメリカのまちづくり手法をワークショップ形式で学んだ記録』より引用しています

この大きさ!大きい水平線!多くの人とのコミュニケーションのためには、多くの人に見えるサイズが必要なのです。

また、特徴として、このワークショップで扱われているのは「まちづくりのミーティング」のためのグラフィカルな記録技法(=グラフィック・レコーディング)だ、という点が挙げられます。
ワードを絵にしていくワークでは、家、学校、レポート、公園と緑、車、人と人のコミュニケーション、そして住民評議会(!)といった、まちづくりのプロセスで頻出するテーマが用いられています。

練習として、MIGが実際に手がけた、カリフォルニア公園での住民の意見を文字と絵でダイナミックに描きとるワークもあります。非常にまちづくりにおいて実践的な内容ということがうかがえます。(もちろん「コンセプトは上、事例は下」などの紙の使い方や、色の使い方など様々なシーンで使えるテクニックも満載です!)

他にも、プロジェクト全体の流れをグラフィックで表す練習も。

壁一面の絵!!この写真の例は、マスタープラン作成プロセスを表すウォールグラフィックです。どんな時に住民参加が必要か?見えない問題点は?…プロジェクトを絵にして俯瞰してみることで、関連する事柄、意味がみえてきます。

ちなみに、こうしたプロジェクトを俯瞰するグラフィックは、私たちもサービスデザインのプロジェクトで頻繁に描いています。
例えばサービスデザインのプロセスで頻出する「作ってこわして本当に大丈夫なのか?」という不安。「今作って壊すことは、今まで作ってきた価値の検証の意味だよ」「価値は変わらず、形を変えてビジネスモデルの検証へつづくよ」という意味付けをしたプロセスの絵を、ワークショップ会場に毎回掲げておくと、参加している方の不安感がふっとんで、ワークに楽しく集中できるようになるのです!

絵=予測不能な状況で、今ない新しいつながりを生み出していく足掛かりとなる!

1980年代後半から建築デザインの分野でおきていた「ハード→ソフト」への転換と同様、2010年付近から様々な分野で「モノ→コト」の転換がおきています。実は両者に共通する背景と課題を抜き出すと、絵を用いることの必要性が見えてきます。

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▼背景
・人々の生活の中で、物は充足している。物を含めた価値ある体験が重視されるように。
・様々な思いや経験を持った「人」が、豊かな生活をおくるために利用し、そして愛して育んで続いていく…そんなエコシステムを作るには、使う人が参加するプロセスが必要である。

▼課題
・とはいえ、多種多様な「人」の参加を促すのはとても大変。思いや意見を引き出し、共通認識を得て伝える工夫が必要。
絵は、ぱっと見て直感的で入りやすい。思いや意見や情報など、多くの情報も理解しやすい。掲示するとたくさんの人が見て活かすことできる。

・多種多様な「人」が参加しているからこそ、参加している「人」は相互に影響しあい、予定調和を超える。そんな予測できないプロセスの中模索し、実現に向けて生産的に歩むには、俯瞰し意味を理解する工夫も求められる。
絵は、ものごとを俯瞰し意味を見出すために用いやすい。参加者の理解・発想も促し、実現可能なプロセスづくりの足掛かりとなる

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パラダイムが大きく転換した、予測不能な社会。そんな状況で、様々な人と一緒に共有しながら、人にとって価値ある体験をうみだせるようにプロジェクトを進めていく。
今ない、新しい事業やコミュニケーション等のつながりをうみだしていく。
そのときの足掛かりとして、様々な分野でも活用しやすいのが、「絵」なのではないでしょうか。

ちなみに、この本には明示的に書かれていませんが。私たちは大前提として、「創造的になれて楽しい!」というところにも絵の価値があると考えています。会議室でただただじっと座っているだけではつまらないですよね。私は眠いですzzz。

でも、ダイナミックに身体を動かして絵が描かれてゆくと、思ってもなかった思いや発想が促されていきます。そして育まれる「ああ、いい時間だった!楽しかった!」という、参加者同士での一体感。チームでそんな気持ちをシェアしあえたプロジェクト、たいてい成功します。
この楽しい幸せ感、プロジェクトに参加して質をあげていくモチベーションとして、実は大事!と思うのでした。そのきっかけづくりとして、絵ってとても便利な道具!

↑こんなイメージです 画像はdストアより引用
すっごーーーーい!たーのしーーーーーーー!!


おまけ:デザイナーの役割についての示唆

この本には「デザイン・ゲーム」を学ぶ章もあり、そのワークショップで講師をされていたノースカロライナ大学教授 ヘンリーサノフ氏による「参加によるデザイン」も掲載されています。デザイナーの役割について、まさに今の時代にも通ずる指摘をしています。

意思決定プロセスへのユーザーの導入によって、プランナーとデザイナーは、これまでの伝統的経験に、新たな能力を加えなければならなくなった。これは彼らの創造性の抹消を意味するわけではない。
(中略)
デザイナーの役割というのは、グループの能力をコミュニケート可能な手続きを通じて環境に関する決定にいたるまで助長(ファシリテート)することにある。
『住民参加のまちづくりを学ぼう!-アメリカのまちづくり手法をワークショップ形式で学んだ記録』より引用

最近オンデマンド出版された、故・渡辺保史氏の遺稿「Designing ours:『自分たち事』をデザインする」でも、渡辺氏により「デザイナーは、コミュニティの人々自身による解決を促進する専門家」であると述べられています。

2018年の現在、デザインに関わる人にとっては実感がわきやすい部分ですが、この役割の変化、すでに建築デザインやまちづくりの分野では1991年時点から示唆されていたんですね。興味深いことです!

(和田)

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