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読書感想文マガジン

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記事一覧

【BOOK】『なれのはて』加藤シゲアキ:著 いつか何かの熱になれるなら

いつ、誰が描いたのか不明な一枚の絵の謎を追う内に、時代に翻弄されたある一族の壮絶な歴史を紐解くことになるエンタテイメントサスペンス。 現役アイドルが書いた小説、という枕詞がこれまでも必ずといっていいほどついて回ってきただろう。 だが、今後はその枕詞は必要ないし、自然と外れていくと思う。それだけの筆力を感じたし、色眼鏡で見て読むのをやめるのは勿体無い。 私はラストで涙を抑えることができなかった。 生きるとは何か、幸福とは何か、正義とは何なのか。 本書に描かれているのは、現代に生

【BOOK】『紙の月』角田光代:著 空虚な自分を埋める何か

生真面目で何不自由なく暮らしていた専業主婦は、なぜ巨額の横領事件を起こしてしまったのか。 梅澤梨花が求めていたのは恋か、愛か、温もりか、安心か、それとも確固たる自分自身だろうか。 そしてそれはお金で買えるものだったのだろうか。 疾走する焦燥感が胸にせまる長編サスペンス。 お金さえあれば、という幻想お金があればあれができるこれができる、と夢想するのは誰しも経験があるだろう。 宝くじはそういう人たちによって買い支えられ続けている。 夢想すること自体は何ら悪いことではない。 そう

【BOOK】『推し、燃ゆ』宇佐見りん:著 生きづらさを受け入れるために

なんという瑞々しい文体だろうか。 冒頭からその若さが溢れ出ている。 “推し”のアイドルがファンを殴ったという情報がSNSで拡散し炎上する、という風景から物語は始まる。 推しに全ての時間、アルバイト代、興味関心を捧げた先に彼女は何を見たのか。 希望と絶望との狭間で揺れ動く幼年期の終わりは来るのか。 第164回芥川龍之介賞受賞作。 宇佐美ではなく宇佐見、『推し燃ゆ』ではなく『推し、燃ゆ』である。 本作が2作目で、史上3番目の若さでの芥川賞受賞ということで話題になった。 デビュー

【BOOK】『暗幕のゲルニカ』原田マハ:著 芸術は理不尽に抗う武器

人類はなぜ戦争をするのか。 もっとミニマムに言えば、人はなぜ争うのか、とも言える。 それは、神が人間を造ったのであれば、致命的なバグがあるからだ。 戦争の愚かさを絵筆一本で描き、その存在自体が強烈なメッセージを放つ作品。 それが『ゲルニカ』。 1937年4月26日スペインのゲルニカ空爆前後と2001年9月11日アメリカ・ニューヨークのワールドトレードセンター空爆の前後という二つの時代を行きつ戻りつしながら、時代を超えてピカソによって人生を狂わされた2人の女性の視点で紡がれる物

【BOOK】『天地明察』冲方丁:著 天と地と人間の営みを映し出す大河浪漫

星が人を惑わすのではなく、人が天の理を誤っているのだ。 天の定石を正しく知ることが「天地明察」である。 碁打ち衆四家の安井家嫡男である春海は武士ではないのに帯刀を命じられながらも、日々算術に心惹かれる。 ある時、神社の絵馬に描かれた算術の難問を一瞥して即解答する存在に心奪われる。 本人の意思に関わらず徐々に時代を覆す大きな仕事に抜擢され、ついには日本の全てを司る暦を打ち立てる。 時代に選ばれ、時代を作った男の、友情と信念の大河浪漫である。 主人公・渋川春海(安井算哲)。 江

【BOOK】『法廷遊戯』五十嵐律人:著 正しさのかけ違い

3人の主人公の「正しさのかけ違い」を描いた作品として読んだ。 法の世界を舞台としたゲーム(遊戯)感覚のリーガルミステリ作品、といえば収まりがよいが、言葉の響きほど軽くはない。 多層的な人間の感情が重なり合いながら、心の壁が形作られ、最後には崩壊する。 そんな哀しく刹那い物語だ。 3人は法都大ロースクールで出会い、法律家を目指していた。 それぞれの道に進むなか、3人の壮絶な過去が交錯する。 誰にも言えない秘密を抱えながら、誰もが誰かを想っていた。 その想いをそれぞれが「正しい

【BOOK】『正義の申し子』染井為人:著 本当の正義は「献身」

小さい頃から正義のヒーローになりたかった。 という話は「シン仮面ライダー」の回で書いた。 本作『正義の申し子』のヒーローは、そんなかっこいいヒーローなんかではなく、かなりの「どうしようもないクズ」なのである。 登場人物、全員がクズ出てくる登場人物のほとんどが「クズ」である。 本作は主要な登場人物たちが、それぞれの視点からの語り口で紡がれている。 派手なパフォーマンスで再生回数に取り憑かれている告発系ユーチューバーである「佐藤純」こと「ジョン」、関西弁のろくでなし架空請求業者

【BOOK】『向日葵の咲かない夏』道尾秀介:著 自分というバイアスを引きずって

知っていたのは、道尾秀介の代表作で、話題になってかなり売れたということだけだった。 それ以外はほとんど予備知識なく読み始めてしまった。 後から分かったことだが、どうやら賛否両論ある作品らしい。 確かに、これは読むものを選ぶし、他人に勧めやすい作品ではない。 なぜ賛否両論が巻き起こるのか。 それは小説としてのあり方が、他にはない異質なあり方をしていたからではないだろうか。 例えばSFやファンタジー、歴史小説など、現代劇ではない作品は、事前にそうとわかっていることで違和感なく作

【BOOK】『55歳からのハローライフ』村上龍:著 リ・スタートするための「信頼関係」

あらゆる小説には、それを読むのにふさわしいタイミングがある、というのは積読中毒者である私の言い訳に過ぎないのだが、本作は確かに、読むべきタイミングがあり、その良きタイミングで読むことができたという意味では幸福であった。 「人間五十年」とは言うものの、現代を生きる我々は「人生百年」とか「リスキリンング」だとか言われて、まだまだもがいていかなくてはならない。 仕事、パートナー、こども、近隣との付き合いなどさまざまな関わりにおいて、どうにもならないことばかりが押し寄せる。 ここらあ

【BOOK】『13階段』高野和明:著 人が人を裁くために必要なこと

人が人を裁く上で最も重いとされている「死刑」制度。 人が人の命を法に基づいて奪うということは、どういうことなのか、という俯瞰した立ち位置からの是非ではなく、当事者性を持って「死刑」という制度とどう向き合うのかを描いた超傑作。 「やられたらやり返す」ことが、本当に正しいのか。 確定死刑囚がもし冤罪だったら、誰が責任を取るのか。 死刑を執行する刑務官の、職務とはいえ人を殺したという罪悪感は、誰が担うべきなのか。 誰にも正解がない問題と向き合い、完璧なまでの構成力で紡がれた圧巻のス

【BOOK】『あしたの君へ』柚月裕子:著 心の内側に寄り添う仕事

「家庭裁判所調査官」と聞いて、どんな仕事なのかを説明できる人は、そう多くないだろう。 それだけ普段の生活には馴染みがない職業である。 本書はその家庭裁判所調査官になる、前段階の「調査官補」が主人公の連作短編集。 家庭裁判所調査官に採用されたばかりの新人・望月大地は2年間の養成過程研修で九州・福森家裁に配属される。 新人ではあるが実際の少年事件を担当するなかで、表面には見えてこない心の内側に、その人にしかわからない真実があることに気づく。 それは必ずしも良いことだけとは限らな

【BOOK】『あの夏の正解』早見和真:著 「甲子園」という魔法が解けた時、何をすべきか

2023年の夏の甲子園大会(第105回全国高等学校野球選手権大会)は、慶應高校が大会2連覇をかけた仙台育英高校を破って107年ぶりの優勝を飾った。 アフターコロナの時代を象徴するように、声出し応援やブラスバンド演奏の解禁、熱中症対策や投球数制限、ベンチ入りメンバーの増員、5回終了時のクーリングタイムなど、話題も多く盛り上がった。 だが、この盛り上がりは遡ること3年前の「大会中止」があったことも大いに関係があると思う。 2020年5月20日、第102回全国高等学校野球選手権

【BOOK】『Aではない君と』薬丸岳:著 十字架を背負う子に寄り添う覚悟

同級生を殺害した容疑で14歳の息子・吉永翼が逮捕される。それなりに平和に暮らしていた日常から一転、加害少年の親となった主人公・吉永圭一は、ニュースで見る匿名の「少年A」ではなく、自身の息子と正面から向き合うことで、自分自身の心の奥底にある弱さと向き合うことになる、葛藤と決意の物語。 日本の少年犯罪の現実日本の少年犯罪は、1960年代から1980年代にかけて増加傾向にあったが、1990年代以降は減少傾向にある。 平成29年版 犯罪白書 第3編/第1章/第1節/2 によると、昭

【BOOK】『カラフル』森絵都:著 大人へのファーストステップ

「十人十色」という言葉があるように、人は誰しも「色」を持っている。 その人がその人たる所以を色に例えると、みなそれぞれ違った色をしているはずである。 他の誰とも似ていない色を持つ者もいれば、なんだかとても近しい色をしている隣人と出会うこともあるだろう。 だが、日常生活に忙殺されて、違うはずの色が同じ色に見えてしまうような気持ちになるときもある。 変わり映えのしない生活。変化の無い日常。 世界がモノクロームに塗りつぶされて、味気の無い毎日に押しつぶされそうになったあの頃の自分を