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僕らはそんな君が大好きだ

彼女はいつも僕らの前を歩く。

横断歩道でも車道すれすれで信号待ちをする。階段を上がる時は一段飛ばしで軽やかに上っていく。

「そんな君を僕らは大好きだ。」

きっかけは大学生の時に参加した、ある企業のインターンシップだった。   

後3か月もすれば大学4年生になって、就活やらなんやらが始まることにワクワクと不安を抱えていた僕は、そんな思いを察したかのようにPCの広告に出てきたインターンシップに思わず申し込んだ。

インターンシップは3か月間行うもので、初日の集合場所である会社のエントランスに向かうと、集合時間の30分前なのにもう20名以上の学生が待っていた。受付の方に渡された紙を見ると僕はどうやら「I」グループのようだった。おそらくアルファベット順にグループ分けされているのだろう。

みんな真っ黒のスーツを着ていた。勿論僕も黒のスーツである。みんなそわそわしている。友達と来ている人は少なくて、ほとんどの人が渡された紙を見たり周りを見渡していたりした。

集合時間の2分前、担当の社員がエントランスに僕たちを迎えに来た。それと同時に真っ白のツイードのミニスカートとジャケットを纏ったショートヘアの女の子がエントランスに入ってきた。手には黒いシャネルのバッグ、足元は黒のピンヒールである。まさかインターンシップに申し込んだ学生とは思えないが、社員にも見えない童顔だ。

彼女はまっすぐ受付の方に歩いていき、紙をもらった。僕はこの時間違いなく彼女に一目ぼれした。それはエントランスの前の椅子に座ってPCでカタカタと作業をしていた凌平も同じだった。恐らくその場にいた男子はみんな一目ぼれをしていたに違いない。

インターンシップが始まりグループごとに座ると、僕の前にはさっきのミニスカートの彼女が座った。何となく前を向けなくて下を向いていると、同じように下を向いている凌平と目が合った。なんだかほっとしてお互い自己紹介をした。するとミニスカートの彼女がテーブルを人差し指でトントンと叩いた。

「私、長谷部優っていうの、よろしくね。」

そう言ってチョコレートを僕たちに渡して、このインターンシップ、思い切り楽しもうね、と言った。渡されたチョコレートの包み紙を開けようとすると、少し柔らかくなっていた。今は1月、気温は10度もいかないくらいだというのに。

僕らは少し緊張が解けた。

それからは言葉通り、僕らはインターンシップを思い切り楽しんだ。事業のアイデアを優が出して、僕が実現の道筋をたてる。凌平は趣味でエンジニアをやっており、アイデアを実際に使えるものとして創り出すことに全力を注いだ。

優の出したアイデアは社会課題を根本から解決する大きな1歩となる可能性が充分にあったから、僕らはそれを何とかして形にしたかった。大学は期末テストが終わったらもう授業は無かったから、毎日カフェで3人集まって試行錯誤していた。

インターンシップは最終選考まで残ったチームに、「事業の支援」か「卒業旅行のパッケージ」、どちらかをプレゼントするというものだった。1位のチームが先にどちらかを選び、次のチームは残った方をもらう、という方式だ。

僕らは断然「事業の支援」を目指していた。もしこれで1位になったら、3人で会社をつくろう、そんな話までしていた。しかしプレゼンの日当日、僕らがもらった評価は2番手、「卒業旅行のパッケージ」だった。

凌平はPCを拳で叩きながら、「僕がもう少し技術があれば、僕にもう少し経験があれば」と目に涙を浮かべていた。

僕は悔しくて、審査をした社員に理由を聞きに行った。そこで耳にしたのは「もう少し利益が見込めればなぁ。」という声だった。

僕は恥ずかしくなった。僕らが選ばれなかったのは僕の戦略ミスのせいだ。アイデアが悪かったわけでもない、作ったアプリの技術が悪かったわけでもない。より利益を生み出す構造を作れなかった僕の責任だ。

何が会社を作るだ。自分が足手まといになってるんじゃないか。僕はそれ以上選ばれなかった理由を聞くのをやめた。すると優が来て、社員達にこう言った。

「私たちはまだ若い、目の前の利益よりも未来を変えることに意義を見出す。今日あなた方は、未来を大きく変える、重大なチャンスをみすみす手放したんです。」

僕ははっとした。この社員達に認められることがゴールではない。僕たちの考えていることを、どんな形であっても世界中に広めることが出来れば、それがこの会社に支援されて事業を興すという形じゃなくても、全く構わない。

その後祝賀のパーティーのようなものがあったが、僕たちはそれには参加せず、一足先に卒業旅行に繰り出すことにした。

3月、まだニューヨークは持っているチョコレートも凍りそうなくらいに寒かった。それでも優はミニスカートを履いて、ふわふわのファーコートを羽織っていた。世界中で一番金融が発達している都市、ニューヨークで僕らは、これからの自分たちに震えるほどワクワクしていた。

白と黒の横断歩道の前で、1歩足を出せば車に当たりそうなところにいる優の隣に、僕と凌平は立っていた。

#2000字のドラマ

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