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連続怪獣小説『大怪獣アイラ』#8

 平岡公威は1970年11月25日、市ヶ谷駐屯地にて割腹自殺を遂げた。
 どういわけか両親は、この三島由紀夫の本名から僕に名前を授けた。
 津島公威が僕の名前。
 妻は歌織。長女はあゆみ。長男は修治。
 最初に産まれてきてくれた”あゆみ”の名前は歌織の発案。彼女が高校演劇をしていた頃、自分の脚本で舞台を作った題目が『あゆみ』。僕はその響きを、とても素晴らしいと感じた。
 長男の名前の由来は、太宰治の本名・津島修治。息子の名前を考えていたら、ふと浮かんで、どうして僕の両親が作家の名前を付けようとしたのか、少しわかった気がした。
 村上春樹の訳本で『The Catcher in the Rye』を読んだこともあるけれど、『1Q84』が刊行された頃に何故かあの作家が嫌いになった。僕は1984年生まれであり、そしてジョージ・オーウェルの『1984年』の読者でもあった。きっと、何かを横取りされたような気がしたのだ。
 同じSFでいうと、レイ・ブラッドベリの『華氏451度』は僕の知る限り2度、実写映画化された。どちらも酷い出来だった。スタニスワフ・レムの『ソラリス』も映画になった。けれど、文章で読むほうがずぅっと美しかった。
 SF映画唯一の”完全成功作”はクリストファー・ノーランの『Interstellar』だと思う。時間としての次元をあのように描くことが出来るなんて、誰が想像できたろう。

 そんなことを考えている、職安の帰り道。
 先月まで働いていた工場で、人間がひとり、かまぼこになってしまった。
 かまぼこの名前は田中ヒロシ(26)。チャップリンの『Modern Times』のように、ラインのベルトに誤って体を乗り上げ、そのまま加工されてしまった。
 驚いたことに会社側はその事実を隠蔽し、田中ヒロシ(26)のかまぼこは市場に供給されてしまい、数十人の消費者によって「本当に美味しいかまぼこだ!」ということでSNSの注目を浴びてしまった。どうやら人肉は、タラと混ざると美味しいらしい。
 とはいえ会社は潰れて、社員達はレクター博士のような扱いを受けた。
 とにかく僕も、今は新しい職場を探すしかない。

 両親は現在、ベネズエラで孤児院を経営している。
 なので、東京・八王子の持ち家をそのまま引き継がせてもらうことが出来た。税金はいろいろあるけれど、すぐに生活が困窮するような状況でもない。わりとのんびり職安に行ったり、知り合いの出版社であれこれ情報を集めたりしている。

 これを読んでくれている君はたぶん、大怪獣アイラが今どうなっているのか知りたいのだろうと思う。なのでまず先に説明しておくと、大怪獣アイラらしき個体は今、愛媛県で”巨大みかん”になって四国全土を転がっている。
 テレビの中継で知った限りだけれど、直径およそ50mのみかんが時速80キロほどで、建物を壊しながら走り続けているようだ。
 まぁ、それはいいとして。

 誰も興味はないだろうけど、いつ何が起こるかわからないので、妻の歌織のことをここに残しておきたい。

 少し照れるから誰にも言えないこと。
 僕は彼女のことが大好き。
 中学の頃、放課後、歌織は土砂降りの雨のグラウンドで独り、サッカーボールを蹴っていた。ずぶ濡れの制服で。たぶん、何か酷いことがあったんだろう。
 近づいて、話しかけたら、「うるせえな!」と怒鳴られて、でも放っておけなかった。しばらくふたりでパスを回して、でもそれから卒業まであんまり話さなくて、僕は大阪に引っ越した。

 大学に入るタイミングで上京して、田園都市線に揺られていたら、とても懐かしい声が聴こえた。
 酔っ払いのおじさんに絡まれている女性が「うるせえな!」と言いながらニーチェの文庫本を持ったままおっさんに左フックをお見舞いしている。
 見間違うはずもなかった。
「歌織さん?」

 それからまぁ、いろいろあって、どうやら家庭を持っている。
 あんまり子どもたちの前で言う事でもないし、だから、

 少し照れるから誰にも言えないこと。
 僕は彼女のことが大好き。


















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