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#5 アラサーチー牛が英語を勉強してUKに行く話

ちょうど私が柳さんと話し始めたタイミングで、窪塚のところにインターン希望の女性が来た。気にはなったが柳から向こうの情報を仕入れるチャンスと思い、ここは窪塚に任せることにした。案内の資料自体は、窪塚が作成したので、おそらくなんとかやってくれるだろう。

「大学卒業されてから、どうしてたんですか?」

「あ、俺、伊賀商事いたんだ。営業とかいろんな部署を回ったよ。ただそこでの仕事はあんまり合わなくって、今は辞めてリフレッシュ中。ちょうど戻ってきたタイミングでイベントやっていたから来たって感じ。」

柳という男は新卒で入社した会社を数年で退職し、一旦こっちに戻ってきたということだった。まぁ前の会社がビッグネームなだけあって、再就職は難しくないんだろうな。彼からは地方人にはあまり見られない余裕を感じた。

「やっぱり、そっちの仕事って大変だったんですか?」

「いやー俺はそんなに大変とは思わなかったけど、前の会社とはフィーリングが合わなかったって感じかな。」

そう言った柳という男は、ただ軽薄な男に見えた。向こうでどんな経験をしてきたかはわからないが、2,3年でその会社の何がわかるというのか。

「でも私から見たら羨ましいです。こっちと比べたら向こうって交流の密度とかダンチじゃないですか。」

「だねー、色々経験詰めたのは良かったかな。同期とか社外の人とは一応まだ繋がりあるし。」

本当に羨ましいと思う。私は仕事が限られるこの地方で少しずつ結果を出して、今のポジションにつくことができた。気がつけば6年目に突入している。だからこそ、働かずに4年大学で過ごして、その後せっかく就職した大企業に中途半端に見切りをつけた彼のことなどわかろうはずもなかった。

「さすが柳さん、昔からそういうの得意でしたよね。ぜひうちもご贔屓に。」

「まぁそれしかできないけどねぇ。あ、たまにそういう集まりがあったりするから、高城ちゃんも誘うわ。」

だが、彼の人脈は私にとって大変貴重であるからありがたく有効活用させていただこう。おだてて取り入れるなら儲けものである。引き際は気をつけなければいけないけれど。

「ありがとうございます。私は外交はあまり得意でないので、ほんっとに助かります。」

「いやいや、高城ちゃんも得意でしょ。多分どこでも成功しちゃうって。」

どうだろう、成功したいと言うなら、できるなら大学進学したかった。が、うちは家計が厳しかったので無理だったのだ。ふと思い出したくない存在を思い出してしまう。

「あはは、そんなことないですよ。」

「ところでお姉さんは元気?」

私はそう聞かれててしまったのでやはり姉のことを思い出した。忘れようとしていたはずの棘がズキリと胸に突き刺さる。才色兼備、多く人の期待を背負って東京の国際系の私立に進学して、ついぞ日本からも旅立っていった姉だ。

「あー、姉は相変わらずですねー。」

「アメリカだっけ?イタリアだっけ?もう帰ってきた?」

「イギリスですねー。言っときますけど姉は自由人なんで私が言っても帰ってこないですよ。」

「あーいや、そう言うつもりはないんだけどねー..」

柳は姉と高校の頃付き合っていたらしい。柳は私から見ても整った顔立ちをしているとは思うから、周りはさぞお似合いだと囃し立てたのだろう。今の関係を見るに、姉はもう柳に関心を寄せていないのかもしれない。

「そのうち飽きて帰ってくるとは思うので気長に待っててください。」

姉がかえってこようが、こまいが正直どちらでも良かった。私に言わせれば、姉もこの男も自分の欲求に忠実という点で同類である。本当は私もできるなら大学に通いたかったが、姉が私立大学へ進学したために家計が圧迫し、私は就職することが確定したのである。そのことで少なからず遺恨があるので、私は姉とはあまり話したくない。

「あーそっか、もしお姉さん帰ったら連絡してよ。」

「わかりました。」

もしかして連絡手段がないのだろうか。
柳は私に連絡しろというが、断固ごめんである。

「あ、そういえば板谷って知ってる?」

誰だっけ、と自分の記憶を探ってある人物に思いいたった。数年前親友の一人が、板谷という名字に変わったのである。

「あ、バスケ部だった板谷先輩ですか?私の友達と結婚した人だったと思います。」

「そうそう、あいつ最近離婚したらしいよ。」

「えっ!嘘、私里帆から何も聞いてないんですけど。」

里帆というのは私の親友の一人で、普段からおっとりしていて何でも信じてしまうような純粋な子だ。そして女の私から見ても贔屓目なしに可愛いし、男子から非常に人気があった。高校時代に板谷先輩に告白され、二人は付き合うことになり、その2年後、彼女が高校を卒業するとともに結婚したのだ。まさに絵に書いたようなゴールインだとみんなが羨んだものだ。里帆と私は何でも相談したし、私は結婚式でもスピーチをした。その里帆からそんな大事なことを知らされなかったことが、腑に落ちなかった。

「あー、やっぱりかー。」

「やっぱりって?」

少し語気が強かったかもしれない。こういう重要な話をこの軽薄な男が私より先に知っていること、そして、私が知らないことをやっぱりなどと言うのだから少しだけ頭にきたのだ。

「うん、なんか結構複雑って聞いてたからさ。」

「てか子供いましたよね、板谷先輩最低じゃないですか?」

里帆は結婚してから2年後、子供を生んだ。私はその時に祝ったきりで、仕事が激務になり、それ以降なかなか合う機会はなくなっていった。夫の方は、そこまで話す関係ではなかったから、私が里帆の方を持つのは自然なことだった。

「そう思うじゃん?..あーごめん、ここで話すことじゃなかったわ。」

「え、話してください。気になるんで。」

里帆のことを貶めるような意図を感じたので、今度こそ頭にきた。話さないならこのまま壁際に追い詰めて問いただす。

「あー、この話高城ちゃんの仕事終わったらにしない?このあと地元メンと飯行こうって話してたんだけど高城ちゃんもどう?」

そういう魂胆か、嘘か真かわからないが里帆のネタをだしに、私を誘いたかっただけなのではないか。私は急激に気持ちが冷めていくのを感じ、この男を当てにせず里帆に直接聞こうと思い始めていた。

「あーすみません、今日は遠慮します。自分で聞くのでいいです。」

「今日、里帆ちゃんも来るけど」

「え、じゃあ行きます。」

うかつにも私は柳の誘いに乗ってしまった。ただ柳という男が主催する会というのは胡散臭いし、里帆が来るというのもにわかに信じがたい。二人にそんな繋がりがあっただろうか。

友達のことが気になってのことであるものの、はたから見ればただゴシップに釣られただけの間抜けである。あるいは甘いマスクの柳とお近づきになりたいだけの、頭の軽い女だと思われるだろうか。どちらも嫌だった。

うーん、あ、いいことを思いついた。


「窪塚さん、今日はお疲れさまでした。」

「あ、お疲れさまでした。」

私は会場の撤収作業を手伝っている窪塚に声をかけた。

「折り入ってお願いがあるんですけど、ちょっと聞いてもらえますか?」

「え、何ですか?」

私が考えたのは窪塚を飲み会に連れて行くという案である。彼は一応同じ高校という繋がりがあり、人畜無害な男性なので、彼がいれば柳たちが変な気を起こすこともそうそうないだろうと考えたのだ。誤算なのは、お願いと言った瞬間、窪塚は露骨に嫌そうな顔をしたことだろうか。

「この後ご飯行きませんか?今日のことで話したいことがあるので。」

「え、今じゃダメですか?」

少し媚びるような声で誘ってみたのだが、逆に窪塚を警戒させてしまったようだ。似合わないことをしたのと、思い上がりだったことを自覚して、私は2重にダメージを受けた。そして少し女としての自信を失った。

「この場ではちょっと話せないことなの。」

「うーん、そうだなぁ、でも、うーん...」

窪塚はなにやら真剣に悩み始めた。いやそこまで嫌ならいいのよ、無理に連れて行ったらそれはそれで罪悪感を感じるし、パワハラになってしまうから。

「あ、無理にとは言わないから..」

そう言うと、窪塚は何かを決意したようにくわっとこちらに振り返ったので、私は思わず身構えた。

「わかりました!会計は割り勘でお願いしますね!」

窪塚はキリリとした顔で私にそう宣言すると、私の返事を待たずに満足げに撤収作業に戻っていった。いや、気になってたのそこかよ。

あとは、彼はどうやら私とサシで飲むと思っているということだが、これは後で謝っておこうかな。飲みの席で有耶無耶にするのは得意なのだ。

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