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3分で読める眠りにつく前の話

「なんとなく勝負」

東京の築地市場が豊洲へと移る前の夏。

築地という名があるうちに海鮮を食べておきたいという話になり、友達と朝10時ごろに駅に集まった。下調べはしておらず、志村けんゆかりの店で卵焼きを食べたり、コンビニでカルピスを買ったりしながらぷらぷら歩いた。天気が良くてじりじり暑いが、たくさんの人で賑わう町のパワーを感じる。
正午前、狭い路地にある一軒の店に入ることにした。カウンターとテーブルを合わせても20人も入れないくらいの手狭なお店だが、メニューにはうまそうな写真がいっぱいで期待が高まる。
店員さんがやってきて、冷たいお茶とおしぼりを出してくれた。アルバイトなのか修行なのか分からないが、ちょっと拙い日本語の黒人さん。日本の食文化の一翼を担う築地で、国外にルーツを持つ人が働くなんてとても良いことだ、と思いながら、注文を済ませた。本場の味、というと大げさだが、楽しみだ。あぁ楽しみだ。

10分も待たないうちに注文した海鮮丼が運ばれてきて、テーブルの奥から配膳されていく。その時、店員さんの足がゲシッと俺の足に当たった。む、と彼を見ると、目が合った。申し訳なさそうに、しかし笑顔で「すみません、ケリイレチマイマシタ」と言われる。ケリイレチマイマシタ…ケリイレチマイマシタ…

「蹴り、入れちまいました」か!

礼儀とか接客とか考えたら、ちょっと、と思う。だけど、なんかもう面白くなって笑っちまった俺の負けです。大丈夫ですよ、と返事をした。良い天気で暑いし、お茶は冷たいし、友達はいるし、海鮮丼美味い。蹴り入れられちまっても、笑えれば楽しいや。

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