159)「デザートは別腹」のメカニズム
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術159
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【デザートは別腹】
辞書によると、「別腹」とは「これ以上は食べられない満腹状態でも甘いお菓子なら食べられることを、別の腹に入ると言った語」と記述されています。
「デザートは別腹」とか「お菓子は別腹」と良く使われます。英語で "There's always room for dessert" と表現されることが多いです。直訳すると、「デザートのための場所はいつもある」という意味になります。
これは、食事をして満腹になった後でも、デザート(甘いもの)は別の場所に入るので、食べられるということを意味しています。この「甘いものは別腹」のメカニズムとして、以下のような説明があります。
1。多くの国の食文化では、デザートは食事の締めくくりとして特別な位置を占めています。美味しいデザートを楽しみにしているという期待感が、満腹感を超えた食欲を引き出すことになります。
2。「感覚特異的満腹感」と呼ばれる現象があります。一つの食べ物に対しては満腹感を感じるものの、別の種類の食べ物(特に味が異なるもの)に対しては引き続き食欲を感じる現象です。デザートは甘い味であることが多いため、メインの食事とは異なる刺激を提供し、この効果を促します。
人間は、ひとつの料理を満腹になるまで食べると感覚特異的満腹感を覚え、その料理はもう要らない、つまり満腹だと感覚的に知るのです。しかし、別の美味しそうな味の食物に対しては、新たな食欲が湧いてくるという現象です。これは特に、甘いお菓子やデザートの場合に起こります。主食に飽きた脳が甘い味を要求するのです。
3。人間の脳は糖分を非常に好むため、甘いものには特別な反応を示します。甘いものを食べると、脳の報酬系が活性化し、ドーパミンなどの幸福感を高める化学物質が放出されます。そのため、食事でお腹がいっぱいになっても、デザートに対しては別の「欲求」が働くことがあります。
【強い甘味はコカインよりも報酬系を刺激する】
生命維持の根源は「快感」にあると言えます。「食による快感」は個体維持のためであり、「性による快感」は種族維持のためにあります。このように人間を含めて動物は「気持ちがよい」とか「快感」を求めることが行動の重要な動機になります。
このような快感が生じる仕組みは脳内にあり、「脳内報酬系」と呼ばれています。脳内報酬系は、人や動物の脳において、欲求が満たされたとき、あるいは満たされることが分かったときに活性化し、その個体に快感の感覚を与える神経系です。
腹側被蓋野から側坐核、および、前頭前野などに投射されているA10神経系(中脳皮質ドーパミン作動性神経系)と呼ばれる神経系が脳の快楽を誘導する「脳内報酬系」のメインの経路となっています。(図)。
図:中脳の腹側被蓋野にはA10細胞集団と呼ばれるドーパミン作動性ニューロン(神経伝達物質としてドーパミンを放出する神経細胞)が多く存在する。側坐核は快楽中枢の一つ(報酬系)に属する神経核で、腹側被蓋野のドパミン投射を受け、前頭前野に投射して快感を感じる。この神経経路を脳内報酬系と呼ばれている。
ラットの実験で、この神経系に電極を埋め込んで電気刺激をすると、ラットは盛んにレバーを押して電気刺激を求めたことから、この神経系が活性化すると快感を感じることが発見されました。A10神経系で主要な役割を果たす神経伝達物質がドーパミンです。ドーパミンはアミノ酸のチロシンから作られるアミンの一種で、人間の脳機能を活発化させ、快感を作り出し、意欲的な活動を作り出す神経伝達物質です。
A10神経系が刺激されると、ドーパミンが放出され、脳内に心地良い感情が生ずると考えられています。このシステムは、正常な快感とともに、麻薬や覚せい剤のような薬物による快感や、そのような薬物への依存の形成にも関わることがよく知られています。
脳内報酬系においてドーパミン放出を促進し快感を生じると、それが条件付け刺激になって依存症や中毒という状態になります。コカインのような覚せい剤やモルヒネなどの麻薬のように依存性をもつ物質は、ドーパミン神経系(脳内報酬系)を賦活します。
このような依存性のある薬物は連用すると、同じ量を摂取しても快感の度合いが次第に小さくなります。そのため、快感を得るためにさらに摂取量を増やすようになります。さらに、その薬物が入ってこなくなると、ドーパミン神経系が低下し、不安症状やイライラ感などの不快な気分が生じます。これが禁断症状(離脱症状)です。
このように、脳内報酬系を活性化して依存性になる薬物では、次第に摂取量が増えることや離脱症状の存在、その薬物の摂取を渇望することなどが特徴です。
糖質も甘味もこのような薬物依存と同じ作用をすることが動物実験などで明らかになっています。つまり、快感を求めて甘味や糖質の摂取を求め、次第に摂取量が増え、摂取しないとイライラなどの禁断症状が出てきます。次のような論文があります。
この実験では、ラットを2つのレバー(ドアの取手)があるケージに入れ、一つのレバーを押すとコカインが静脈注射され、もう一つのレバーを押すとサッカリンの入った水を20秒間だけ飲めるような仕組みを作って実験しています。するとほとんどのラットはサッカリンの入った水を飲むレバーを多く押したという結果が得られたと言うことです。
サッカリンはカロリーがゼロの人工甘味料です。サッカリンの代わりに砂糖でも同じ効果でした。すなわち、この実験結果は、甘味に対する中毒はコカイン中毒よりも勝るということを示しています。
ブドウ糖(グルコース)は脳神経の主なエネルギー源です。したがって、糖質の多い食事で血糖が上がることは脳に取っては快感となり、報酬系を活性化するように糖質を求めるようになります。つまり、覚せい剤中毒と同じメカニズムで糖質中毒になることが知られています。
また、甘味自体が味覚神経系を介して報酬系を活性化することが報告されています。そして、甘味に対する中毒はコカイン中毒よりも強いことがラットの実験で示されたということです。
さらに、甘味物質や糖質は脳内麻薬と言われるβ-エンドルフィンの産生を増加させることがラットを用いた実験で報告されています。エンドルフィン(endorphin)は「体内で分泌されるモルヒネ」という意味です。マラソンなどで長時間走り続けると気分が高揚してくる作用「ランナーズハイ」は、エンドルフィンの分泌によるものとの説があり、性行為をするとベータ・エンドルフィンが分泌されると言われています。
つまり、甘味物質や糖質は脳内報酬系のドーパミンと、脳内麻薬のエンドルフィンを増やすことによって、強い快感を感じるようになります。
図:糖質と甘味(人工甘味料を含む)はA10神経系(中脳皮質ドーパミン作動性神経系)や甘味受容体・味覚神経などを介して、脳内報酬系によるドーパミンの分泌や脳内麻薬のエンドルフィンの分泌を刺激して快感や幸福感を引き起こすので中毒になる。
【フルクトース(果糖)は無制限に肝臓で全て取り込まれる】
食事に含まれるグルコースは消化管から吸収されて門脈に入ってまず肝臓に入りますが、肝細胞に取込まれるのは20%程度で、多くは全身の細胞に運ばれてエネルギー産生に使われます。グルコースは全ての細胞のエネルギー産生に必要なので、エネルギー産生量に応じて分配されるように制御されています。余ったグルコースは肝臓や骨格筋や脂肪組織でグリコーゲンや脂肪として貯蔵されます。
一方、フルクトース(果糖)はほぼ100%が肝細胞に取り込まれます。フルクトースを取込むグルコーストランスポーター5(GLUT5)は肝細胞にしか発現していないからです。
グルコースとフルクトースはヘキソース(六炭糖)と言います。ヘキソースの6位の水酸基(OH基)をリン酸化するのがヘキソキナーゼです。グルコーストランスポーターから取り込まれたグルコースがヘキソキナーゼでリン酸化されるとグルコーストランスポーターを通ることができなくなります。
つまり、細胞内に取り込まれたグルコースを細胞内に止めるためにリン酸化するのがヘキソキナーゼです。グルコース-6リン酸に変換されたあと、解糖系で代謝され、さらにTCA回路と電子伝達系でATPが産生されます。(以下の説明は下の図を参照してください。)
解糖系ではグルコース-6リン酸からイソメラーゼでフルクトース-6リン酸に変換され、さらにホスホフルクトキナーゼで1位の水酸基がリン酸化されてフルクトース-1,6ビスリン酸になり、さらにジヒドロキシアセトンリン酸とグリセルアルデヒドに分解されて解糖系が進行します。
解糖系ではヘキソキナーゼとホスホフルクトキナーゼのところでフィードバック制御を受けています。つまり、細胞内でATPが十分に産生されれば、解糖系の進行を止める制御機構が存在します。
ヘキソキナーゼはその反応産物であるグルコース-6リン酸で阻害され、ホスホフルクトキナーゼはTCA回路で生成されるクエン酸と電子伝達系で産生されるATPによってフィードバック阻害を受けます。解糖系が停止するとグルコース-6リン酸からグリコーゲン合成が進行して余ったグルコースはグリコーゲンとして貯蔵されます。
肝臓に存在するヘキソキナーゼはグルコースに特異的なグルコキナーゼで、フルクトースの6位をリン酸化するヘキソキナーゼがありません。肝細胞内に入ってきたフルクトースはまずフルクトキナーゼで1位の水酸基がリン酸化されてフルクトース-1リン酸に変換され、さらにアルドラーゼでフルクトース-1,6ビスリン酸からジヒドロキシアセトンリン酸とグリセルアルデヒドに分解されて解糖系に入っていきます。
ヘキソキナーゼや解糖系によるグルコースの代謝は、細胞内エネルギーの状態やインスリンレベルによって厳密に調節されていますが、肝細胞に入ったフルクトースは、解糖系のフィードバック制御が行われるヘキソキナーゼとホスホフルクトキナーゼの反応系をバイパス(迂回)して解糖系に入るので、フルクトースの解糖系での代謝は歯止めがなく、入ってきたフルクトースは全て解糖系で代謝されることになります。文章で説明するとわかりにくいのですが、下図を参考にすると理解できると思います。
図:肝臓において、フルクトースはフルクトキナーゼでフルクトース-1リン酸に変換されて、ついでフルクトース-1,6−ビスリン酸、グリセルアルデヒド-3リン酸に代謝されて解糖系に入っていく。解糖系はヘキソキナーゼとホスホフルクトキナーゼのステップでフィードバック阻害を受けているので、グルコースの取込みが多くなると解糖系は反応が停止するように制御されている。しかし、フルクトースはこの2つの制御をバイパスして解糖系に入るので、フルクトースが肝細胞に多く取り込まれると、全てが解糖系とTCA回路で代謝される。フルクトースは脂肪酸合成に関与する酵素の活性を高めるので、アセチルCoAから脂肪酸合成の経路が促進されて中性脂肪の合成が亢進し、肥満や高脂血症や動脈硬化や脂肪肝の発症を促進する。
果糖は果物に多く含まれます。果糖は無制限に肝細胞に取り込まれ、中性脂肪に変換されて体脂肪として蓄積します。食事で脳は満腹になっても、甘い果糖は脳も胃腸も肝臓も無制限の別のスペースが用意されているのです。
つまり、食事で満腹になっても果物の多いデザートはたくさん食べることができるということになります。しかし、これは肥満を引き起こす重要な原因となっています。