銀座花伝MAGAZINE vol.3
#日本を身につけよう ! 種をまく人 ー 老舗 若おかみ(夏マスク)編
銀座で新しく起きている「日本文化が持つ美意識」をお伝えするページ。今や「美意識」を経営や企画の判断基準にする時代です。400年という時間のふるいをくぐり抜けた「日々の暮らしを豊かにする美意識」にあふれる街・銀座。あなたの幸福感を満たす新たな「美のかけら」を発見していきます。
余り知られていませんが、実は銀座は専門店の街です。商業の檜舞台・銀座で生き残っている老舗には、「オンリーワン」「ナンバーワン」の逸品とともに「感性価値」がある事に気づかされます。それは店主とお客様とが長年堆積させてきた「やりとりの文化」がその老舗に相応しい「宝」を店にもたらしているからです。しかし、今回の新型コロナ禍は、そうした文化基盤さえも揺さぶりかねない激震を老舗に与えています。そんな中、古代から伝わる古典柄を大切に育ててきた老舗呉服店の若き女将の奮闘する姿をお届けします。
1 「老舗の灯を絶やさない」 銀座伊勢由
昔から伝わる古典柄の美しさを売る老舗
江戸時代に徳川家康から屋敷の拝領を受けた能楽流派「金春流」。銀座7・8丁目に700坪という広大な土地を頂いたことから、縁の通りには「金春通り」という名がつけられました。銀座8丁目にある赤煉瓦色の資生堂パーラーの裏にその通りはあります。通りの入口には「金春湯」という江戸時代から続く銭湯があって訪れる者を出迎えてくれます。
創業142年の銀座伊勢由は金春通りを代表する老舗呉服店です。初代は浴衣の反物を担いで行商をしながら呉服商の第一歩をはじめました。デザインを大切にする職人気質の家系だったことから、代々「日本の文様」にこだわる美しい色・柄の着物を強みに商売を広げていきました。その美しさに魅せられて、歌舞伎役者や新橋花柳界をはじめ多くの文化人たとえば、白州正子や、三島由紀夫、小津安二郎などもファンでした。
時代は変わり今では、ウインドウを覗いては文様に魅せられて入店する若い人や海外の人々が足を止める老舗です。
4代目になる友美恵女将は、「私自身も昔からある“古典柄”が大好き。古来から日本人が愛した四季や時節行事が象徴的に描かれていて、それはとても美しいのです。たとえば、吉祥文様(おめでたい柄)などは日本の美の代表ではないでしょうか。日本の色、意匠がもつ宝を後の代まで引き継ぎたいと和のファッション“着物”に載せて伝える事をいつも考えています」と熱く語ります。
吉祥文様 蓬莱(ほうらい)思想に基づいて平安時代から衣装や工芸品に用いられ、江戸時代には縁起がいいことから婚礼などに使われた文様。
コロナ禍によって事態は一変
全く銀座からお客様の姿がなくなった緊急事態宣言時。店頭には誰も訪れません。お得意様にご用聞きに伺おうとすると「気持ちは分るけれどとんでもない、今はこないで」と制止される始末。勇み足の行動があだになるこの世情を恨みたくもなります。そしてウインドウを覗く人影すら全く見る事が出来なくなります。従業員の勤務も調整せざるを得なくなり苦しい経営状況。 金春通りはそもそも専門店のメッカで、江戸調味料屋、鮨屋、陶器屋、オーダー洋服屋、草履屋など、○○屋とつく老舗ばかりが軒を連ねるエリアです。伊勢由をはじめそうした専門店では事業継続支援金を受給する事が難しいことが次第に分り、途方に暮れる日々。このままでは、職人も、従業員も店も失うことになってしまう、半端ない危機感が若き女将を襲います。
何か再起の「種」はないか。
伊勢由には密かなベストセラー商品があります。
それは「麻の葉柄の産着(うぶぎ)」。上質のガーゼが肌に優しい、そして子どもの成長を願う気持ちにあふれた「日本を纏う(まとう)慶び」を感じる逸品として、昔から口コミだけでヒットしてきた品物です。
「麻の葉」文様は、まさに吉祥文様。麻が4ヶ月で4mにもなる程成長が早いことや、真っ直ぐにぐんぐん伸びるという性質から“子どもの成長を願うおめでたい柄”として昔から親しまれてきました。魔除けの意味もある事から、産着として人気となっていきます。
古代柄とはいえ、六角形のモダンな幾何学文様は平安時代から仏像の等の装飾にもつかわれていたとか。その模様が麻の葉に似ている事から「麻の葉」(あさのは)の愛称で呼ばれるようになったといいます。
古典柄をお伝えする事でこれまでもお客様に喜んで頂いた「昔ながらの布」をつかって、何か出来ないか。
「そうだ、赤ちゃんの肌に優しく、涼しげなこの布をつかって、わが老舗だからできることをしていこう」と思いつきます。
「日本を身につける」、ということ。
日本の美意識といえば、白州正子を思い浮かべる人は多いでしょう。自ら美しい着物を愛用し、能で感性を磨く。「いいものは、日常で使わなくては意味が無い。生活の中で生きて初めて美しいと思うのだ」と、着物を暮しの中で着る、能を稽古するという生活スタイルを提唱します。「日本文化を身につける事こそが大切なのだ」と凛とした口調で発言した文化人でした。
”どきどきさせるものだけが美しい”
白洲正子は、そんな言葉を残しています。
独自の美意識を広めるために、46歳の時に銀座に染色工芸の店「こうげい」を銀座5丁目あずま通り付近に開業した話は有名です。そんな彼女が求めた浴衣は老舗伊勢由の品でした。
「私の知る範囲では、銀座伊勢由は、ゆかたらしい浴衣を売っている店で、涼しい柄が手に入ります」(「きものの美」知恵の森文庫)
涼しさと健やかさを「麻の葉」マスクでお届けする
少しでも老舗存続の助けになればとはじめた古典柄「麻の葉」マスクづくり。ひとつひとつ丁寧につくっては、お客様に実情を訴えると、「かわいい」「お友達に」「孫に」など明るい反応が返ってきて、嬉しい驚きです。中にはなかなかお会いできない知人に、ご挨拶代わりに送りたいと何枚も購入して下さる方もいて、有り難い気持で一杯だそう。特に良質なガーゼで創られたこのマスクは、涼しくて、肌に優しいという利点があるため、これからの夏マスクとして大いに活用されそうです。
そして、苦肉の策とはいえ始めたマスク作りがお客様とのコミュニュケーションに繋がっていくことの喜び。
「けっして、大量生産できない手作業ですが、こんな地道な行動が老舗を元気にする一助になると信じて種をまき続けています」と友美恵女将。
「日本文化を紡ぐ」試み。
夏涼しいマスクを1枚、お手元にいかがでしょうか。
伊勢由オリジナルマスク(HP通販で扱っています)
◉健やかさの象徴、麻の葉柄マスク ◉産着用の上質ガーゼ ◉通気性、手洗いOK ◉色は3色(ピンク、イエロー、ブルー)
2 和の国の愛らしい菓子 菊迺舎(きくのや)
いま、もっとも求められているのは
「心やすらぐ」お菓子
銀座中央通り、銀座5丁目書道具で有名な「鳩居堂」の斜向いに、
コアビルという古くから親しまれるビルがあります。そこには、創 業百年を超える老舗和菓子店が三軒も集まっていて、まさに日本甘
味のメッカです。
おめでたい和菓子づくりで定評のある「萬年堂」、あんみつの元祖
「若松」、そして江戸和菓子「菊迺舎」。
その中で今日は、目にも可愛いいお菓子をご紹介します。
菊迺舎の店内に入って最初のおもてなしは、季節感に彩られた金平
糖や落雁など菊迺舎おすすめの菓子を試食として味わえること。落
ち着いたカウンターで美味しいお茶とともに、ひとつまみ。ささや かながらほっと息つくひとときです。
今は自粛要請のため、試食はできませんが、こうしたサービスに長 年培ってきた老舗の「江戸和菓子」への愛情を感じます。
明治23年に歌舞伎煎餅を売り出したのが創業時とのことで130年の
歴史になります。時代のお客様の声を聴き乍ら辿り着いたのが「富
貴寄」(ふきよせ)という江戸風情のお菓子です。
ふたを開けた時の「あー、おいしそう!」「幸せな気分になるわ」
という声が聴きたくて、いつも新しいお菓子づくりに工夫を重ねる
というご店主。
季節感を届けるために、これからの季節なら、七夕、金魚、秋にな
れば、月とうさぎ、菊の花や紅葉、お正月なら松や梅、など日本の
情景を描いた干菓子は小さな宝石のようです。
口の中で溶かす、ぽりぽり食感
江戸菓子というと素朴さが売りですが、菊迺舎のお菓子は上品さ、
可愛さがただようから洋菓子好きな若い女性にも人気。落雁、金平
糖、落花生、黒豆等も化粧直しして違う顔で鎮座ましましています。
「ありがとうございます」
愛らしい言葉も缶の中でおどっています。
「和の宝石箱」、この時期、目と味覚の保養をどうぞ。
3 能のこころ 世阿弥の「花」
このマガジンの名称「銀座花伝」は、世阿弥が美意識について口伝した「風姿花伝」に由来しています。「銀座から日本文化の美しさを伝える」プロジェクト(老舗店主やお客様で構成)をいつも応援して下さるメンバーのSさんが名付け親。その時の言葉の潔いこと。「銀座の文化・経済は、美しい能や和菓子の技芸とともに、美しいと思う心を人々の中に目覚めさせてくれる場であり、装置です」だから「銀座から“花”を伝える=銀座花伝」です、と。何と美しい着想だろうと、感嘆したのを覚えています。
では、そもそも世阿弥の「花」とは何でしょう。
「見えないものを見る」
それが芸能だとよくいわれます。
翻れば、想像力を磨く方法として芸能に触れる事はとても大切だということになります。
時は室町時代、12歳で足利義満に仕え、貴族の二条良基によって和歌や有識故実(行事や法令、制度、礼法など)のすべての教養を身につけた世阿弥。当時猿楽師は河原乞食と揶揄され社会的な地位が低く、将軍側近からは「乞食風情の子どもを寵愛する将軍はおかしい」という批判を受けていました。「いつか芸能の社会的地位をあげてみせる」それが世阿弥の悲願でした。
世阿弥のすべては「花」にあるー「風姿花伝」
世阿弥は38歳のころ「風姿花伝」の中で「花」について多角的なア
プローチを試みます。
「花」と「面白き」と「珍しき」と、これ3つは同じ心なり、と解
説します。
「面白き」とは、目の前がぱっと明るくなうような気持ちになる事。
見終わった後に心が晴れ晴れする芸の事を「面白き芸」という。
「珍しき」とは、見慣れている普通のものの中に、これまでとは全
く異なる斬新な切り口、新しい視点を入れて「あわれ」を感じさせ
る事。
能舞台を観賞すると、とてもシンプルな舞台なのに、想像上で山に
かかる月が見えたり、海原の波の音が聴こえたりしてきます。時に
は聴こえない筈のリズムや声を感じたり、この「見えないものを見
る」体感こそが、世阿弥の目指した「愛される」芸だったと言えます。
能舞台で、役者と観客が出会う所に咲く「花」を世阿弥は一生をか
けて追い求めます。観客をどうしたら面白がらせることができるか、
美しい「花」をどうしたら咲かせられるか。
世阿弥が生涯最も大切にした言葉。
衆人愛敬(しゅうじんあいきょう)
能を知らない人にとって「面白い」事が最も大切だと語り、「能をどんな人にでも愛される芸能」にすることこそ自らの信条としました。
世阿弥の感性は、現代の私達にとっても「美」のお手本と言えそうです。
ところで、あなたはどんな「花」を咲かせたいですか?
4 ESSAY おうちで和歌散歩 ❤️ 万葉集
ー歌や詩を暮らしの中に取り入れるー
もともと詩歌は、地球上のあらゆる民族にとって、その民族の言語誕生と共にありました。日本の大和言葉をみても人の感情(喜怒哀楽)や祈りの最も大切な表現手段だと云う事が分ります。更にその詩歌を声に出してみると、心の中に不思議な高揚感が生まれる事に気づきます。
詩人の故大岡信さんによれば、「“目”が“声”を呼び起こす時はじめて、詩歌(作品)は真に具体的に読者一人一人のものになる」からだと述べています。
その大岡さんが万葉集について「その後の日本の詩歌が辿ってきた紆余曲折の歴史の、根本的に重要なところが、ほとんどすべて、萌芽状態で既に存在している」(「私の万葉集」講談社文芸文庫)と絶賛しています。
前代未聞の巣ごもり生活が長く続く毎日。夜明けに一人散歩し乍ら声を出して歌(詩)を謳う生活がいつの間にか習慣になってきました。
本日は万葉集から、一日一歌(詩)
天の海に 雲の波立ち 月の船
星の林に 漕ぎ隠る見ゆ
ー柿本人麻呂ー
天の海すなわち天の川を月の船がわたるという、歌人の中でも「神」的存在の人麻呂らしい情景溢れる一歌です。来月は七夕、夜空を仰ぎ見乍ら声を出して謡うのもまた風流ではないでしょうか。
5 銀座情報 WEB文化講座 「香十・香物語」
【銀座花伝MAGAZINE】 第一号でご紹介しました創業400年「銀座香十」の前社長 稲坂良弘氏の「香の物語」講座が築地本願寺・銀座サロンで無料公開されました。
千五百年の香の歴史から、54帖物語(源氏物語)などについてわかりやすく解説されています。
1 香がもたらす世界
2 香から生まれる世界
3 香を創る
3つの視点から詳しい【香文化】のあらましをゆっくりと味わうことができます。
期間限定公開です。香にご関心のある方は、今後の開講状況を下記にてご確認ください。
6 編集後記(editor profile)
「美しいものを求めて世界中を旅するが、私たち自身が美しさを携えていなければ、それは見つからない」ラルフ・ワルド・エマーソン(米の思想家)
緊急事態宣言が解除され、静かに手探りの再スタートが始まった銀座。予測のつかない未来に戸惑を隠せない各店舗ですが、その一方では一気に人混みが膨らんでいます。経済の復興が「美」を携える人々によって成される時こそ、街には生命力のある本当の輝きが戻るような気がします。
銀座の様子を見ていると、お店の大小に関わらず、生き残る老舗には大きな特徴があることがわかります。
それは時代を超えて「チャレンジ」し続けていること。
伝え方の手段が変わっても、残るのは「本物」だけ。そんな潔い覚悟がこの街には脈脈と流れています。
責任編集:【銀座花伝】プロジェクト 岩田理栄子
〈editorprofile〉 岩田理栄子:【銀座花伝】プロジェクト・プロデューサー 銀座お散歩マイスター・マーケターコーチ 東京銀座TRA3株式会社代表取締役 著書に、「銀座が先生」芸術新聞社刊 がある。
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