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能役者 坂口貴信 能舞台名場面ギャラリー 銀座花伝MAGAZINE Vol.46 《特別編》


#能役者 #坂口貴信 #名場面 #写真ギャラリー #世阿弥

【はじめに】
第11回「坂口貴信之會」公演開催にあたり、2022年9月の「坂口貴信之會」以降に師がシテ方を勤められた能舞台の中から、感動を呼んだ3舞台の名場面より写真と解説(レビュー含む)をお届け致します。現代の能楽界にあって、師の「技によって技にとらわれない」超絶表現、心動かされる優美な謡、時に気魄を生む仕舞の芸術性は驚きの進化を遂げています。この1年の足跡を、美しい装束とともにお楽しみ下さい。



*本ギャラリーに掲載されている「坂口貴信能楽師」の全ての画像に著作権があります。無断転載・複製は固く禁じます。


1. 能「善知鳥」 (‘22.9.17 「坂口貴信之會」)

親子の愛情がとりわけ深いことで知られる鳥·善知鳥(うとう)。親鳥の声真似をして子を誘い出し、捕らえることを生業としていた猟師が、生前の殺生の罪により苦しむ様を亡霊の姿で表現するという作品が、能「善知鳥」である。その猟師の死後の苦しみは、人間は生きていくために他の動物の命を奪わねばならぬ悲しい業を持つものであり、また、地球上のあらゆる生き物は弱肉強食のルールの上で成り立ち、人間もまた例外ではないという事実を見る者に突き付ける。もし猟師の殺生が罪というなら、それは私たち人間の背負った宿命的な罪ではないかという、根源的なテーマを含んだ重層的な演目を、坂口貴信師は人間の深い業の心底を掘り下げる表現力で演じ切った。


前場 シテが片袖を渡すシーン(撮影 前島吉裕)



雛鳥を狩猟する後シテ (撮影 前島吉裕)


(撮影 前島吉裕)


能「善知鳥」のレビュー記事はこちら↓

【能のこころ】能「善知鳥」に漂う人間の業の幽愁(MAGAZINE Vol.35)
●歌枕による旅の魅力
●霊界と現世の境界で(深淵の美を表現)
●人間の業の憂愁さに迫る「離見の見」ほか


2 . 能 「俊寛」 (‘23.3.11「三人の会」)

『平家物語』に描かれた俊寛の悲劇を舞台化した能である。流刑の地、鬼界島は今の鹿児島県の南方洋上に位置する硫黄島。
この島で、俊寛は流人生活に打ち沈む日々を送っていたが、ただ同志のふたりの存在が心頼りになっていたのか、都を懐かしみ、水を酒になぞらえて酌み交わすような、悲惨ななかに些少のゆとりも垣間見せる日々を送っていた。そこへ赦免使が現れ、期待感に満たされる俊寛だったが、一瞬の希望の輝きはあえなく失せてしまう。自分だけが赦免状に名前のないのを知り、そんなはずはないと何度も赦免状を調べるが、どこにも名前はなく、焦燥感に震えるばかり。同志と別れて孤島に残され、前にも増して絶望の淵に追い込まれる俊寛の哀れさの極みが描かれる。坂口貴信師の抑制された所作、表現力豊かな謡によって俊寛の絶望を淡々と描き切った演技力に会場は魅了された。

●見所① 俊寛 登場ー悲壮感の謡 / 和泉式部と漢詩の妙

シテ俊寛の出の場面。桶には酒と称した水が入っている。舞台から成経、康頼が、熊野詣の真似事から戻ってきたところに、俊寛が出迎える様子。橋掛かりにて坂口師による悲壮感があふれる謡が始まる。

シテ 地謡:
   後の世を。待たで鬼界が島守となる身の果乃。冥きより 冥き途に
   ぞ。入りにける 玉兎晝眠る雲母の地。金鶏夜宿す不前の枝。寒蝉枯
    木を抱きて。鳴き盡して頭を回らさず。俊寛が身の上に知られて候

                     ©︎駒井壮介

ここでの謡の妙は、和泉式部のやわらかな言葉から、漢文詩に入っていく構造が実に悲壮感を漂わす表現に繋がっている点である。
つまり、寒蝉(かんせん=寒い時のせみ〉は、声も出なくなり、京都から遠く離れて、居るべきところではないところにいる。間も無く死ぬ蝉のように儚い身の上だが、キョロキョロはしない、じっと枝の上にいる自分は場違いな所に居るのだといった、いわば強がりを述べている場面が坂口師の見事な謡で表現されている。茫漠たる流刑地の様子が切々と謡あげられるシーンに会場は魅了された。

●見所②  昔を懐かしむシーン

酒に見立てた水で酒盛りの真似事をする俊寛、成経、康頼の三人。殺伐とした昔を茫漠とした流刑地で懐かしんでいる。


                                      ©︎駒井壮介
                                      ©︎駒井壮介

地謡:
  飲むからに。げにも薬と菊水乃。げにも薬と菊水乃。心の底も白衣の。
   濡れて干す。山路の菊乃露の間に。我も千年を。経るる心地する。 
  配所ハさても何時までぞ。春過ぎ夏闌けてまた。秋暮れ冬の来るとも。
   草木の色ぞ知らするや。あら戀しの昔や思い出ハ何につけても。あわ 
   れ都にありし時ハ。法勝寺法勝寺ただ喜見城の春乃花。今ハ何時しか 
   ひきかへて。五衰滅色の秋なれや。落つる木の葉乃盃。飲む酒ハ谷水 
   の。流る々もまた涙川水上ハ。我なるものを。物思ふ時しもハ今こそ 
   限りなりけれ


●見所③ 赦免状 ー怒りのシーン

宴のシーンから赦免船がやってくる場面へ一気に変わる舞台上。流人の赦免状を持った使いが到着する。

康頼が奉書を読み上げるが、赦免される人物は二人だけで、俊寛の名はない。なぜ読み落とすのか、書き間違ったのではないかと使いに迫る俊寛の心情を表す名場面ー俊寛の感情は「怒り」であるが、そこには屈折した人間「俊寛」の心底が横たわる。


                                       ©︎駒井壮介


               焦燥感に震える赦免状の場面   ©︎駒井壮介                 

シテの「事ハ如何に」と云う詞章の後に続く、一度確認した後に、一旦赦免状を閉じる、そしてもう一度広げて確認する(だが名はない)。余白までも目を通すが、どうやっても自分の名はないのである。 そして、最後は投げ捨ててしまうー

僧都とも、俊寛とも書かれた文字はさらになし。
夢ならば覚めよ、覚めよ

と散々強がりを云う俊寛。実は、情けない未練の姿、弱い存在それこそを見せるところこそがこの俊寛の見所である。


●見所④ー孤独感を美しく描く クライマックス

ツレ(成経、康頼):
   僧都も船に乗らんとて。康頼の袂に取りつけば
ワキ:僧都ハ船に叶ふまじと。さも荒げなく言ひければ
シテ:うたてやな公の私と云ふ事のあれば。せめてハ向ひ乃地までなりと     も。情に乗せて賜び給へ
ワキ:情も知らぬ舟子ども。櫓櫂を振り上げ打たんとす
シテ:さすが命の悲しさに。又立ち歸り出船の纜(ともづな)に取りつき引    き留むる
ワキ:舟人纜押し切って。船を深みに押し出す
シテ:せん方波に揺られながら。ただ手を合はせて船をなう
ワキ:船よと言へど乗せざれば
シテ:力及ばず俊寛ハ
地謡:もとの渚にひれ伏して松浦作用姫も。我が身にハよも増さじと。聲も    惜しまず泣き居たり

平家物語 巻第三「足摺」では、「乗せてくれー 乗せてくれー」と人間的表現で描かれているが、これに対して能では、ただ拝む、泣き叫ぶだけ、つまり見苦しさをカットしている表現になっている。名作「俊寛」の人物像に迫る、坂口師の見事な表現力が披露された。

                     ©︎駒井壮介
            纜を取りに行く難しい所作     ©︎駒井壮介


             無情にも希望を打ち捨てられ出船に手を振る俊寛    ©︎駒井壮介



「俊寛」の見所解説の記事はこちら↓

【能のこころ】築地本願寺 能楽講座レポート (MAGAZINE Vol.40)
 ●風姿花伝 世阿弥が能に込めた思い(能の起源など)
 ●能の名作「俊寛」(300年前の面、見所詳細)
 



3 . 能 「卒都婆小町」 (‘23.7.29「飯田清一の会」)

この作品は、観阿弥・世阿弥親子の作品である。誰にでも訪れる「老」をテーマに、かつて栄華を誇った絶世の美女・小野小町の零落から悟りの境地に至るまでを、変化に富んだストーリーで描いた名作である。

能において「老女物」(4番目物)は別格の難しさのある演目と言われる。その中にあって100歳の乞食風情の小町と僧が禅の世界を垣間見させる「卒都婆問答」、その後の小町に恋焦がれ死した深草少将の霊が小町に憑依する瞬間の衝撃の場面、その他いくつもの山場を坂口師が見事な表現力で演じてみせた。

見所① 「老残 小野小町」を生き写す 見事な謡・声色

弱吟なのに息遣いはどこか強く、体から声が漏れているような響きすらある。弱々しさの中に華やぎの声色が重なるように体感できるから不思議だ。実に奥深い謡の表現である。


                                       ©駒井壮介
                     ©駒井壮介


見所② 写実的な運び

坂口貴信師ご自身が事前講座で力説された「その昔、能はすり足ではなく、もっと写実的な表現でした」と話されたその意味を体現できる。観阿弥、世阿弥の能が申楽だった時代には、現実そのままを舞台上で演じていたが、時代の変遷とともに武士の式楽という位置付けがなされるようになり、能の演じ方は変わっていったという。次第に武家の格式を重んじる能文化が形作られると、運びの所作も「つま先を上げるすり足」に変わってきたという訳である。


                     ©駒井壮介


見所③ 「卒都婆問答」

敬うべき卒都婆に腰掛けている老女を咎め、仏の道を教え諭そうとする僧侶に対し、かつての才知の片鱗を示し「仏の慈悲とはそんなに浅いものではない」と逆に説き伏せていく。叡智を宿した老女の凄みさえ感じる名シーンに魂が揺さぶられる。


                                       ©駒井壮介


見所④ 動から静への落差の衝撃

小野小町の今の落ちぶれた姿を僧と地謡が謡い尽くす。背負った袋には垢まみれの衣、破れ蓑、破れ笠、「路頭にさすらひ、往来(ゆきき)の人に物を乞う」乞食になった・・・と。栄華と零落を二度に渡り繰り返す表現も、老いることの悲しさ、盛者必衰の理(ことわり)、人生の無常など、この作品に横たわるテーマをこれでもかと描く。


                                       ©駒井壮介


見所⑤ 憑依の瞬間 ー声質が変わる

声の音量を変えずに音質の変化だけで表現したシテの表現力、この一節こそがこの作品の聞きどころだと言われる所以である。


                     ©駒井壮介


                    ©駒井壮介


見所⑥ 物狂いの舞と悟り


                                       ©駒井壮介



                                       ©駒井壮介


見所⑦ 一瞬の静まり 溶ける憑依の妙技と悟り


                                      ©駒井壮介
                                      ©駒井壮介
                                      ©駒井壮介
                                       ©駒井壮介


「卒都婆小町」の詳細レビュー記事はこちら↓

【能のこころ】(MAGAZINE Vol.45)
「卒都婆小町」 老残と憑依 坂口貴信師の妙々たる表現力
●「老残 小野小町」を生き写す 見事な謡・声色
●動から静への落差の衝撃 その他


◇観世流シテ方能楽師 坂口貴信 プロフィール

昭和51年、観世流シテ方の家の4代目として、福岡県福岡市に生まれる。東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。
二十六世観世宗家・観世清和師の内弟子として入門。8年間の修行を経て、平成22年独立。重要無形文化財総合指定保持者。東京藝術大学非常勤講師、国立劇場養成所講師として後進の育成にあたる。【MUGEN∞能】、【三人の会】同人。
他ジャンルとの競演により、能舞台以外でも能楽の普及を目指し、活躍の場を広げている。2018年、市川海老蔵『源氏物語』の歌舞伎座一ヶ月興行に参加した。また、3Dメガネで観賞する3D能や、ヴァーチャルリアリティの情報技術を駆使したVR能『攻殻機動隊』の監修及び出演。
東映株式会社の最新映像技術とコラボし、映画館を“能楽堂化”した舞台の総合演出並びに主演キャストとして携っている。
海外公演では、パリ ベルサイユ宮殿、ニューヨーク リンカーンセンター、同 カーネギーホールをはじめ多数の世界的ホールにて演能、好評を博した。


◇「銀座花伝プロジェクト」について

【活動】                                2017年観世能楽堂が銀座に150年ぶりに帰還したことをきっかけに始まった銀座での能の朝稽古、その仲間が中心になって、銀座の老舗店を訪ねて謡を一緒に楽しむ「銀座謡の花」を創るなど活動の枠を広げ、銀座の店主や銀座で働く人々、銀座ファンなどに仲間が広がる中で、銀座から日本文化を発信する【銀座花伝】プロジェクトが発足した。2019年5月銀座老舗店主と能楽師で創る「銀座フォーラム」、8月観世能楽堂舞台「WHAT‘s Noh」での謡発表、10月観世流シテ方 能楽師坂口貴信師をお招きして銀座の老舗・銀座もとじ店主との「余白の美」をテーマにしたトーク・ショー、2020年1月には、歴史深い香道とのコラボ体験など、バリエーション豊かな学びの場を創り続けている。

【コンセプト】
能舞台が世阿弥の創り上げた「美の文化装置」だとすれば、銀座は老舗の店主たちが創り上げる「美の感性を磨く文化装置」と云える。名品を熱く育て上げる人々がこの美しい街を創ってきた。華やかな銀座中央通りから、薄暗い路地に足を踏み入れると、表通り以上に美しく清潔な路地が街の中に潜んでいることに驚く。「見えない所にこそ磨きをかける」銀座の美意識。銀座の文化・経済は美しい能や世界に誇る盆栽美術、老舗の和菓子、子どもの本、着物や国産絵具などの日本ならではの技芸の存在とともに、美を追求する心がある限り、100年先までも生き残って行くと確信する。その願いを込めて、「銀座花伝プロジェクト」は誕生した。

【MAGAZINE】                           銀座で新しく起きている「日本文化が持つ美意識」をお伝えするマガジン。今、「美意識」を企画や経営の判断基準にする時代の中で、銀座は江戸時代から400年培われ今も息づいている「美意識」の松明を掲げ、ますます「日本を明るく照らす光」でありたいと願い進化し続けている。最新の「銀座美意識」のwaveをお伝えする。

編集責任者:「銀座花伝」プロジェクト プロデューサー 岩田理栄子



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