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侵略された寝室

7歳になると、ひとり、ひとつ星を持つようになる。

私も、10年前の誕生日に両親から手のひらほどの星をもらった。昔買ってもらったクレヨンのあおいろと同じ色をしている星だ。私はその星に「あお」という名前をつけた。「あお」はキラキラしながら、自慢げにゆっくりとまわっていた。

そして「あお」をもらった日の翌朝、父と母の肉体は溶けてなくなっていて、我が家には彼らの概念だけが残り続けていた。

父と母の肉体が突然なくなってしまったのは、当時飼っていた犬が寝室のカーテンを破ってしまったことが原因だろう。朝日が彼らの体を食べたのだ。

部屋のカーテンを開けてしまうと、入ってくる光に含まれた不純物が、私たちの体を蝕んでいってしまうのだ。光だけではなく、外から聞こえる笑い声やトラックの音も、私の人生を食べる。しかしそれらは全てを遮断することができないので、私達には寿命があり、死が訪れる。

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私はその晩も父と母の概念と3人で夕食を囲んでいた。今夜は鍋だ。父の大好きな、すきやき。
父と母は肉体を持たないので、箸を持つことも、咀嚼も消化も排便もすることない。仕方なく私が口に運んであげると、お肉はそのまま床に落ちる。

バニラアイスのデザートまで済ませて、床に散らばったすきやきの水たまりを拭いていると、頭にコツン。と小さな石が当たった。
振り返ると、私の目の前で、石が浮いていた。
ヒッと小さく悲鳴を上げると石が話しかけてきた。
「超巨大生命体を発見した、即帰還する」
私に話しかけたわけではないと察した。
どこかへ飛んでいこうとする石を反射的においかける。寝室の扉の隙間から石が入り込む。小さな石は、長い年月をかけて巨大化しけている「あお」の中に吸い込まれていった。カーテンが破かれ、もはや「あお」の巨大化で寝るスペースがなくなった寝室を久しぶりに開けた。

よく見ると「あお」には街ができていた。暗い寝室にキラキラと小さな街の光が無数に輝いている。
私は窮屈そうに自転する星をしばらくぼんやりと見つめてから、リビングの床を拭きに戻った。

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それから数週間が経った深夜のことだ。ミシミシ、と、どこからか物音が聞こえた。

外からの物音は人生を食べてしまうので耳栓を探しにリビングに向かうと、家が音を立てているとわかった。
寝室の壁が膨れ上がって廊下を狭くしている。私は慌てて寝室の扉に手をかけると目の前で私の顔の大きさほどの爆発が起きた。
扉が燃え、寝室の中が見える。あちこちで小爆発が起きている。先日見た石が飛び交ってその爆発を起こしている。「あお」の巨大化で使えなくなっていた大きなベッドに、両親の衣服、あちこちが燃え盛っているのが見えた。壁に飾った家族写真が「あお」の自転で傷だらけになっていた。
私はあわてて水を汲みにいく。洗面所の蛇口を捻ったそのとき、寝室が巨大な悲鳴を上げた。天井が抜け落ちた。

寝室に戻った私は呆然と抜け落ちた穴を見つめる。透き通った空気が流れてくる。
父の靴箱に足をかけ、母のクローゼットに登る。そして、大きな「あお」自転軸の一番上に立つ。

穴の真ん中で半分に光る星を掴んだ。

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その明け方、ある家で大きな火災が起きたらしい。跡形もなく燃えたその家は、少女が1人引きこもっていると噂だったが、遺体が発見されることはなく、翌日には忘れ去られるニュースとなった。寝室に置いてあったプラネタリウムの導線が発火原因と言われているが、真偽は定かではない。
 
我々にとっての宇宙は彼らの寝室に過ぎないのかもしれない。それでも私にとってのこの部屋は宇宙と同等に広く、眩く、そして窮屈なものなのである。

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