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今週の映画とわたし 2020/3/2~3/8

正直どうでもいいと思いますけど、今週は映画にめっちゃ元気づけられた。しかもあの天才的悪趣味なアリ・アスター作品に。こんなに禁忌でdisgustingなものを突きつけられて爽快な気分になるとは。現世のすべてのメンヘラが霞む勢い。メンヘラの皆のものこれをくらって元気を出せ。少なくともわたしはクッソ元気でた。ということで、アリ・アスター特集から。

1.ミッドサマー

この鬼才アリ・アスターの作品に通底するテーマは「トラウマ/精神疾患」「家族の崩壊・喪失」だ。そしてホラー・サイコスリラーは、彼のテーマを表現するのに最適なテンプレートとして採用され続けている。

1.トラウマ・精神疾患

本作では、抗不安薬を常用する主人公ダニーの視点と、その双極性障害の妹の記憶を元に、「精神的に追い詰められている」時に世界がどう見えるのかに肉薄しようとしているのだ、と思った。

冒頭からいきなり、観客はダニーの「不安」に肉体的に巻き込まれる。三人称で、「主人公ダニーの不安」として受け取るのではなく、「自分の不安」として受け取るレベルに、カット・構図・タイミング・セリフが完璧に不穏に構成されていて・・早くも息が詰まる。電話をかけまくるダニーの声のトーン、電話の間合い、送り続けるメッセージの緊迫感・・・泣きじゃくるダニー、絶えず涙を堪えるダニー・・とにかく、見ている側が、「病んでる」切迫感を、自分の内側に発見してしまうのだ。これ、2時間半も見られるかな、と不安になる。

北欧のコミュニティに到着したのち、(おそらく)マリファナやマジックマッシュルームを摂取したり、何が入っているやらわからない飲み物を飲まされて、ダニーがトリップして視覚世界が揺らぐ様子も、恐ろしくリアルで美しい。本当にこちらまでトリップしそうになる。とにかく不穏で不安。

精神的に切迫している状態。それを、自分自身にも、わたしたちにも体験させようとしているような、不穏で落ち着かない映画である。何が、とは言いづらい。でも、カメラワーク、カット、構図、場面転換のタイミングや速さ、劇伴音楽・・・すべてが我々を不安にさせる。天才的な映像作家だ。

2. 家族の崩壊・喪失

家族が機能不全に陥る、家族が崩壊する、家族の誰かが死ぬ、家族が毒になる・・・

アリ・アスターの映画全てで、このどれかが・・いや全てが・・起きる。

彼自身の家族が抱えた問題が根深く影響を与えていると、インタビューで明かしているし、弟が双極性障害だったという説も目にした。

彼の家族観が、「毒となるもの」「トラウマの源泉となるもの」で徹底していて、わたしのように家族を手放しで称賛していない人間にとっては、爽快ですらある。

家族をただそれだけで美徳だと見做している人からしたら、アリ・アスターは、可哀想な、親にネグレクトされて頭がおかしくなった監督、に見えるかもしれない。家族ってそういうもんじゃないよ!という善意の叫び声が聞こえる。

でも、わたしはアリ・アスターの側につく。

家族こそ、生々しい心の傷跡を連鎖させ遺伝させる、悪しき伝統だ。それでいてもちろん、人間に不可欠な愛情の源泉でもある。この奇妙な分裂病のはざまに我々は常に置き去りにされているのである。

アリ・アスターは、映画制作を通じて、このことに苦悩し、苦悶して見せる。

だからわたしたちはなぜか彼を好きになってしまうのだ。あんなに悪趣味で、不穏で不愉快な描写を放ち続けているのにもかかわらず。

3.ホラー・サイコスリラー

何か物凄く悪いことが起きる予感がする・・

これも、アリ・アスターの映画全てに共通する体験だ。彼の映画のホラー要素と言えば、「予感とその成就」にあるとさえ言えるのではないか。

もしかしてもしかしてもしかしてこれって・・・ううっ・・うええっやっぱりそうなった・・・

って思うことばかりである。

もはやその予言の成就が、あまりにも完璧で過剰で、笑えてしまう時さえある。インタビューで”I hope it is funny.”とか言っていたから、彼的にはやはりユーモアのつもりなのだろう。爆笑してもおかしくないくらい過剰で不気味なシーンが多々ある。センスがもう卓抜していて・・・ただ熱狂したくなる。

人体破壊もお好きな表現者なので、苦手な人は要注意。

ミッドサマーは、これらに加えて、民俗学的・呪術的伝統、カルト・強固な共同体信奉、さらに白夜、北欧の御伽噺のような世界、花々に刺繍・・などなど、たくさんの要素がブッ込まれていて、かつ全てが過激に調和している。そして監督曰くこれは”break up movie”つまり、失恋映画だということなのだ・・・どんな壮絶な失恋だよ・・・

とにかくショッキングだ。素晴らしい映画だ。傑作だった。

あまりにもアリ・アスターが卓越しているので、彼の卒業制作映画を含む過去の短編映画も2つ見たが・・・・こんなに早い段階からこの人こんなだったのか・・とミッドサマー以上に衝撃を受けた。

一体どんな家族だったんだ・・・この人まじでやべえよ・・・しかし。最高。もっとやれ!!!もっとやれ!!!ついていくぜ。

2.EXIT THROUGH THE GIFT SHOP

バスキアからバンクシーに興味が移って、今更だけどバンクシーのことを色々調べてる。

この映画も最高だった。

存在そのものがアートへの風刺で、アートへのジョークで、アートへの冒涜である一方で、アートへの愛でもある、”MBW:ミスターブレインウォッシュ”を追うドキュメンタリー。

どの時点でバンクシーがMBWを題材にしようと考えたのかわからないが、アート界に一石を投じ、アートとは何かを考えさせる点で、あまりにもクレバーでスマートはやり方だ。バンクシーらしい、物議を醸し議論を呼ぶ、クールな映画。

かっこいいな、バンクシー。やっぱり。

3.二郎は鮨の夢を見る

大好きなCHEF'S TABLEのDavid Gelbの最初の長編ドキュメンタリー。

このDavid Gelbの作品をきっかけにずっとフードドキュメンタリーを見ている。

食べるという行為のファンダメンタルさと、崇高さ。

こんなにも、食べること、食事を作ることが、情熱的で芸術性に溢れた行為だったとは。

職人やシェフの手元や人生を映し出す映像が静かで美しく、また音楽も素晴らしい。観るだけで贅沢な時間を過ごせるドキュメンタリーだ。実際にDavid Gelbが映したレストランの全てに行けたらどんなに贅沢だろう!

そして、すきやばし次郎には、二郎さんがカウンターに立っている間に行きたいな。

4.最高に素晴らしいこと

NETFLIX映画の新作で、エル・ファニング主演なので観た。

インディアナ州の景色と、エルの、秋風のような、透き通るような美しさが沁みる映画だった。

誰しも心に傷を抱えていて、心に傷を抱えた誰もがそのことを忘れてしまう。

そういうお話だった。傷ついているのは自分だけではないと気づけたら、そして傷つけ合う代わりに支え合えたらいいのにな、と思う映画だった。

物語運びは少しセンチメンタルでドラマタイズされすぎているように思ったけれど、音楽が景色とストーリーに合っていてただ綺麗だった。

5.スペンサー・コンフィデンシャル

これもNETFLIXの新作映画。

ボストンの警察ものって好き。まずボストンのキリッと澄んで寒そうな空気、高い空が好き。古い街並み、古い港、昔気質の人たち、知性的な雰囲気。

ザ・タウンはボストンの隣のチャールスタウンの話だったけれど、それを彷彿とさせる景色。で、ありながら、ザ・タウンよりずっと明るく、ストレートなダーティ・コップ勧善懲悪映画だった。普通に楽しめた。

マーク・ウォールバーグって安心して見ていられる。アラン・アーキンも相変わらずいい味出してる。

6.今週のわたし

アリ・アスターの作品を観続けていて、「ああ、家族が重荷でいいんだな」と思った。家族、わたしの場合は母だけど、とうまくやるって本当に難しい。昨年の秋に母の癌が見つかってからというもの、「母が思う母の不幸」をさらに1.5倍くらいの重さにしたものを自分が背負い込んでいることに繰り返し気づいている。「あの人、治らないと思う。自分は不幸だと信じ込んでいるから。そういう人は病気を跳ね返せない。」どこかで淡々とそう思いながらも、いざ母に対峙して、呪詛めいた恨み辛みの言葉や「もうわたしは死ぬから」という言葉を聞かされると、動揺するし、逃げたくなる。「母が思う母の不幸」の重みで押しつぶされそうになる。ただでさえ、今まで母の巻き起こす事件の数々の中で生き抜いてきたのに、ここへ来て癌になるなんて。と思うこともある。まあ、母自身が一番そう思っているだろうけど。死んだ自分の両親の呪いで自分は若くして死ぬと、彼女は思っている。彼女が思う彼女の呪われた人生、彼女の頭の中にある彼女の不幸な物語。そのネガティブな思い込みを解きほぐそうとすると、わたしがとんでもない返り血を浴びるから、たとえ「家族の支えが重要」とあらゆる癌書籍に書いてあろうとも、わたしは、必要な時に側にいる以外に、過剰に背負うことをしないでいようと思っている。アリ・アスターが時にピュアすぎるまでに、家族という呪いを、なんとか自分の中で消化しようとしているさまに、ああ、苦しんでいいんだ、家族を手放しに愛せないことに、家族を重荷に感じることに、苦しんだいいんだ。と思った。背負いすぎずに、必要な時に、そばにいられるように。そうしようと思った。

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