見出し画像

続・下町音楽夜話 0319「ジョン・バーリーコーン伝説」

トラフィックの「ジョン・バーリーコーン・マスト・ダイ」という1970年リリースのアルバムとそのままのタイトルを持つ楽曲がある。当初は「ジョン・バーレイコーン~」という表記だった。大好きな曲だが、昔は意味がよく分からなかった。2003年になって、ようやくその意味を理解するときがきた。

フェアグラウンド・アトラクションのヴォーカルだったエディ・リーダーがソロになって7作目のスタジオ・アルバムが、「ロバート・バーンズを想う」というスコットランドの詩人ロバート・バーンズの詩に曲を付けたものだった。CDでも一時は結構なプレミアがついてしまったものである。このロバート・バーンズという詩人についていろいろ調べていくうちに、いろいろなことを知ることになったのだ。「蛍の光」の原型である「Auld Lang Syne」も彼の手によるものだったが、この辺はアルバムの発売前の宣伝で既に情報は入っていたと思う。

また、スコットランドの伝承曲というわけではなく、古い詩人の詩に曲を付けるというエディ・リーダーの行為そのものも面白いと思いつつ、スコットランドの伝承や民謡に興味が湧いてしまい、随分調べ、そして聴き漁った。その中で、「ジョン・バーリーコーン・マスト・ダイ」の現代に伝わる詩は、ロバート・バーンズの解釈によるものが一般的という情報が出てきたのだ。

つまり、死ななければいけないジョン・バーリーコーン氏の伝承歌は、随分古くからあるものだということが、この時点まで分かっていなかったのだ。それまでは、1970年代に読んだ紙媒体で「かかしの歌」という間違った情報がインプットされていたので、ウィットに富んだトラフィックの他の曲と同じように、何かのジョークとしか考えていなかったのである。

結局のところ、ジョン・バーリーコーンとは、ビールやウィスキーの原料となる大麦のことなのだ。大麦を擬人化し、刈り入れや麦芽製造などの過程を、殺して土に埋め、鎌で脚を切り、台車にくくりつけ、石臼で挽くという惨いことをしていく様にして歌にしているのである。歌詞の最後の方がいろいろで、古いものでは酒に酔って倒された男がジョン・バーリーコーンに復讐しようとしたり、反対にジョン・バーリーコーンが粉屋に復讐しようとするものもあるという。結局新嘗祭のようなときにみんなで歌う伝承歌であったり、16世紀ごろには酒場で合唱するようなものだったとも言われており、決まったものがあるわけではないのである。

どうも物騒な歌詞であることには間違いないが、何とも言えないユーモアを感じる。こういった部分も含め、歴史を踏まえた民間伝承を知ることで得られる各国の国民性というものが面白いと思えたのである。実はそこから遡ること10年少々、1991年にカナダにある江東区の姉妹都市サレー市の市役所に派遣研修という名目で送り込まれたとき、ホームステイをさせていただいた公園レクリエーション部の部長さんが、こういったことを趣味で調べており、滞在中は随分研究成果を聞かされたのである。ほとんど忘れてしまったが、イングランドとスコットランドの国民性は随分違うということは忘れてはいない。

実は研修前に公費で英会話の特訓をさせられた。自分の最初の先生はニュー・ヨーカーのジャズ・トランペッター、Mr. Rick Overtonだったが、次がスコティッシュ・ガールで、使う単語がまるで違うため随分混乱させられたのである。この話を件の部長さんにしたところ、大いに興味を持たれ、それ以来、暇を見つけてはスコットランド人の特性に関する話題を振られたのである。最初の質問が、「そのスコティッシュ・ガールは髭が生えていたか?」というもので、普通に日本人がこんな質問をされるとわけが分からないことになろうが、実は自分にはわかる話だったのだ。私の先生は立派な髭が生えていたのである。どうやら一般的なスコットランドの女性は顔の産毛を剃る習慣がないらしく、私が「もちろん、生えていた」と応えたときには、家族全員に自慢気に話して回っていたことが忘れられない。

さて、思い切り話がそれたが、ロバート・バーンズが現代に伝えてくれたジョン・バーリーコーン氏の惨劇は、スティーヴ・ウィンウッドの名唱とともに、忘れられないものである。トラフィックのライヴでは大合唱になる人気曲だったというのだが、果たして本当だろうか?どうにも英国系のこういう一つ話は、まともに受け取ってはいけないもののような気がするのだ。

アメリカ人とは明らかに異質な英国人だが、ルーツによって細分化できることは承知していても、極東の島国の住民には理解できない差異でもある。なるほど、英国人に何かしら面白い話をしても、最初は疑り深い目をして探りを入れてくるわけだ。日常生活の中に、ユーモアに満ちた大ぼらが満ち溢れているのだから仕方がない。もちろん、極東の島国の住民が語る英国人気質など信用してはいけない。酒の肴にする小話程度と解するのがよろしいのではなかろうか。今月のラジオのお題、「酒ソング」にちなんだ小ネタということで、ご了解いただきたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?