見出し画像

続・下町音楽夜話 0295「ローカルネタ」

自分が書く音楽エッセイなどの文章に、ニュース的要素は皆無である。ウェブ上に溢れている文章で、ニュース性を求められるものも当然多くあるのだが、音楽エッセイにはまず求められるものではない。一方で制作者側、つまりアーティストやレコード会社などが提供する文章であれば、資料性を求められることもあろうが、そういうものでもない。ではどういう読まれ方をするのだろうか?求められるものは豆知識的な情報か?それとも文学的な感動か?おそらくそれらも違う。強いて言えば、共感か。

共感をベースにした場合、同時代感というものがどうしても強く入り込んでしまうのが、ポピュラー・ミュージック、すなわち流行歌の宿命だろうから、自分の場合もその点はかなり意識している。古い音楽に触れる場合、何年にリリースされた曲かは必ず調べる。以前はその年代を象徴するような出来事も調べていたが、ここ数年は年刻みのトークイベントを毎月やっていたこともあって、近現代史の年表がある程度頭の中に入っており、いちいち調べることまではしない。アポロ11号の月面着陸やサイゴン陥落、パンク・ブーム、ジョン・レノン殺害、プラザ合意、ベルリンの壁崩壊、9.11などは、節目などという言葉では済まされないインパクトを音楽にも与えている。そこは間違えられない部分なのである。

一方で自分史がどう音楽と絡んでいるかも、実は影響大なのだ。自分が小学生や中学生の時に聴いた音楽は、思い入れも強いが、楽器のことなどは分からないで聴いているし、もちろん英語の歌詞も完全に理解して聴いているわけではない。ラジオと月刊誌等の紙媒体の情報ですら、猛烈な付加価値として音楽の聴き方に影響を与えた。高校でコピーバンドに参加させてもらったことは、やはり音楽の聴き方にテクニカルな視点を持ち込んだし、鬱々とした浪人時代と大学時代では聴き方が全く違う。さらには就職、結婚などもそれなりに音楽の聴き方が変わってしまったので、影響はあったということだろう。

もっと最近の影響といえば、9.11、リーマン・ショック、そして東日本大震災という事象により先行きの不透明感が増したことで、自分の音楽に対する聴き方は大きく変わってしまった。特に東日本大震災の年に狭心症で倒れるまで働き続け、自分の限界を思い知らされたことも大きく影響した。それまで当たり前に聴けたものが聴けなくなったし、以前にも増して歌詞を意識して聴くようになったことも確かだ。また、バラク・オバマ大統領の各種スピーチや、2012年にリオデジャネイロで開催された「持続可能な開発会議」でのホセ・ムヒカ大統領の演説も、実は大きな影響を与えたと思っている。実に考えさせられたし、自分自身を省みて行動をあらためたこともある。

そして長年勤務した自治体も辞めた。残された時間が少ないという思いがグッと強くなり、大好きな音楽ともっと向き合い、少々無理をしてでも聴いておきたいものは聴いておこうというスタンスに切り替わった。音楽を聞かせるカフェめし屋を始めて、お客様という新たな情報源と音楽をシェアする相手ができたことで、さらに聴き方が変わった。

その一方で、「地方で育ったために他に娯楽がなかった」という音楽好きのお客様がそれなりの数いらっしゃって、未知の音楽世界があることも知った。自分はラジオや月刊誌以外では、お茶の水の坂を上がったり下ったりして得た経験しか持っていないからだ。勿論そういったお客様とは、ラジオで得た経験を中心に体験をシェアすることになる。北海道でFENを聴きこんでいた方とは大いに盛り上がった。また、愛知県や京都府出身のお客様は、むしろ音楽が好き過ぎて海外に出たということで、自分よりも深い経験をしていらっしゃるわけだ。

その辺で思い知らされたのは、自分は東京ローカルなのだということである。それはそれでシェアする相手が多いことも確かだが、一ローカル事情であるということを考慮しないと、思い切り勘違いした発言になってしまうということも教えられたのである。面白いのは、お茶の水の坂の話題と、西新宿7丁目の話題は、キチッと使い分けなければいけないということだ。経験や記憶をシェアできるということは非常に楽しいのだが、あるあるネタで考えていただければわかりやすいように、言葉で正確に表現できない情報では盛り上がれないのである。

結局のところ、自分の場合は、ディスクユニオンの各店舗が基本にあり、トニー・レコードやマーブル・レコードが掘り掘りの主戦場だった。楽器は石橋楽器と谷口楽器が基本で、レコ飯と言えば、いもや、キッチン南海、キッチンジローなのである。収穫を確認する場所は、大昔は駿や東宝のディンドン、その後は明大の坂の途中のドトールだった。サブカル系の本は、神保町よりもお茶の水駅前の丸善が頼りだった。実にいい品揃えだった記憶しかない。ちなみに、ディスクユニオンもJazzTOKYOなどという最近の店舗など、シェアする記憶は大してない。石橋楽器のそばにあったお茶の水店で、ジャンル違いの箱の中から見つけた格安のソニー・ロリンズ「サキコロ」などの話題で盛り上がるクチである。まだデータベースがなかった時代、ジャンル違いは格安の一要素だったのである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?