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続・下町音楽夜話 0313「7インチで聴く60s」

「ウチが貧乏だったというわけじゃないと思うけどさ、俺たちの頃はシングル盤中心だったんだよ。LPなんてそうそう買えなかったもん。」と、同じ話を繰り返し聞かされるとやはり信じないわけにはいかない。今でも中古レコードを扱う店には1950年代60年代のLPがいっぱい売られているが、さほど一般的ではなかったのだろうか。ジャズ喫茶の思い出を語る本はいろいろあるが、確かにどの本でも「LPはそうそう買えなかったので、聴きたければジャズ喫茶に足繁く通うしかなかった」というようなことが書かれている。

自分が生まれた頃やその前後のことが記憶にあるわけはないが、断片的に残っている記憶では、高度経済成長期と言われる時期は、まだまだ戦後の貧しさを引きずっていた時代だった。ましてやその当時中学生だったとしたら、なおさら自由になるカネなどろくにないということも理解はできる。結果的に思い入れが強くもなるわけで、中学生の頃のヒット曲が忘れられないという方は実に多いのだ。

自分がここで紹介しているのは、7インチ盤専門店「45rpm.tokyo」にいらっしゃったお客様が、「よくぞシングル盤の専門店をやってくれた、ありがとう!」という趣旨で語る内容なのである。ここしばらくは雑誌に載ったこともあって、お初のお客様が増えており、まるで口裏を合わせるかのように同じ内容のことを告げられるのである。「昔さ、欲しくて、欲しくてしょうがなかったLPが買えるようになったことも嬉しいんだけど、自分が手放してしまったものと同じのがあるんだよ、いっぱい。懐かしくてね。」という定番の話題とともに出てくるものである。皆さん言葉は違えど、ほぼ同じ内容だ。

やはり、そうなると1960年代はまだLPではなく、7インチ盤のシングルやEPが主流だったということなのだろうか。自分は1960年生まれなので70年代前半が中学生の世代である。思い入れが強いのもその時期のヒット曲だ。そして70年代はアルバム志向が強くなった時代でもあり、自分も「好きなバンドのアルバムを集めるんだ」と頑張っていたわけである。7インチ盤を集め始めたのは80年代になってCDに切り替わる頃からで、世の中から無視され、不当な扱いを受けていたようなメディアだったのである。如何せんパチンコ屋にはよく置いてあったらしいが、レコード屋では売ってない代物なのだ。1960年代とはかけ離れた感覚を持った時代になってしまったことは、仕方がないという気もするが、当時はそんなことは誰も分かっちゃいなかった。

これも何度か書いていることだが、中学生の頃というのは、どうしてああ猛烈な熱量を持って好きなことに打ち込めるのだろう。自分の場合はバスケットボールと音楽という打ち込むものが2つあり、さほど熱心に勉強していたわけではなかった。それでもそこそこの成績を残せたのだから不思議なものだが、記憶の片隅にある理由の一つに、英語は音楽からも学べることに早くから気付いていた。小学4年生の頃から洋楽にハマった自分は、中学の英語は楽勝だったのである。高校に入ってからはダメダメだったが、中学英語程度ならいつでもOKだった。結局その後区役所の通訳までやっていた時期もあるが、学び直したのはテクニカル・ターム、つまり役所言葉的な専門用語だけで、文法などはいい加減なものだった。ちなみに下町音楽夜話の第1本目は結果的に姉妹都市に派遣研修として送り込まれたときの話からスタートする。音楽が基礎を成した英語でも、そこまでは行けるという悪例だろう。

結局のところ、自分が聴く1960年代の音楽やオールディーズというものは、70年代80年代に活躍したアーティストが影響を受けたものとして挙げられていたり、源流にあるものとして、学ぶような接し方で聴いたものがほとんどである。ヤードバーズやジョン・メイオール&ブルースブレイカーズなどはそうして聴いたものの代表だし、それなりに面白いと思える耳にもなった。しかし自分はやはりポップ志向、ヒット曲志向が強く、60年代に全米No.1になった曲などに興味があるということに後々気付くことになる。またそういったものの方が、やはり好きなのだ。

先般、いくつかのオークションで落札した大量の7インチ盤の山の中から、まず使えそうなものとそうでないものを選り分けるとき、一部の盤に関して「これは〇〇年のナンバー・ワン・ヒットだな」ということが瞬時に判る自分に驚いた。初めて目にする盤でも、ものの本で得た知識で仕分けができるのである。ただし面白いことに、パッとメロディが思い浮かぶわけでもないのだ。クリーニングを終えてターンテーブルにのせ、音が出てきた瞬間に「ああ、この曲かぁ」ということを繰り返していた。

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中でも一番驚いたのが、ヴァニティ・フェアという連中の「夜明けのヒッチ・ハイク Hitchin’ A Ride」という曲に針を下したときだった。実に50年以上も曲目が分からずに探していた曲だったのである。いやはや、これは嬉しかった。1970年、自分が小学校4年生の年の大ヒット曲だが、その後全然ラジオではかからなくなってしまったのだ。この期に及んで、ようやく溜飲が下がった。



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