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続・下町音楽夜話 0294「CDのおかげで…」

間もなくキリのいい数字がやってくる。何か目的があってこんな文章を書いているわけではないので、マイルストーン的なキリのいい数字が自分のモチベーションの一つになっているのだ。この「下町音楽夜話」は下町探偵団というサイトで666本書き、「全然更新されないサイトで書いている意味はあるのか、宣伝になるどころか、むしろ店にとっても逆効果なのではないか」というお客様の声で、独自のドメインを取得して「続」となったのである。従って表題の数字に666を加えると通算となる。今回は960本目なのである。あと40本、すなわち10カ月後には1000本達成というわけだ。もちろん、あと6本書けば「続」だけでも300本となるわけで、しばらくはモチベーションが維持できるだろう。

ご存知のように、最近は独自ドメインのサイトも流行らないようで、クラウド・サービスのアプリ「note」を始めたわけだが、こちらはコロナ禍による自粛でロケット・スタートとなったので、8カ月足らずで随分書いた。音楽的な内容に拘らずに書いている「清澄白河カフェのキッチンから見る風景」というものもあり、それなりの量になってきた。枯れ木も山の賑わいだ。

そもそも、自分はデータベース好きで、データベースは量が質に化けるものの代表である。どんなに正確な情報であれ、量が少なければ意味がない。反対に少々難ありの情報、例えばWikipediaでも、量が膨大と言えるレベルになれば、それなりに使える。ただし、正確な情報か否かは独自に検証したくなる場合も多く、自分のうろ覚えの知識の確認程度に使うのがよろしいかと考えている。自分の文章も、量が質に転化するようにしたいものだ。

何度か書いたことだが、自分が好きなアーティストの情報で、日本語のWikiになっていないものは驚くほど多い。自分で書こうかと思わなくもないが、そんなことをしている暇がない。一方でGoogle検索した際に、自分の文章が一番上に出てきたりすることもある。ウェブの情報は過信しない方がよいとは思うが、限界が見える世界の話題はできる限りシェアしたいものだ。今後も発信は続けようと思うが、果たして洋楽に関する情報を日本語の文章で発信することの意味はあるのだろうか。懐かしさをシェアするようなフェーズでは十分意味があるとは思うが、レビュー的なものはさほど価値を感じていない。今後は少し内容を見直していくこととするか。

如何せん還暦過ぎのオヤジだ。しかも10歳、小学校の4年生で東京に出てきた頃から洋楽にハマってしまい、50年間聴き続けているのだ。就職すると音楽趣味から離れてしまう人間も多いが、自分は好みの音楽を変えつつ、ずっと聴き続けてきた。おそらく、自分の年齢が深く影響しているとは思うが、周囲の同年代を見渡すとやはり音楽好きが多い。5歳ほど下の世代はもっと多いような気もする。

一つの分岐点になったのはCDの登場だったと思う。CDで好きなものを買い直したということではない。確かに余裕が出てからは、好きなアルバムのCDを随分買ったが、音質的には全然気に入ってはいなかったので、CDのおかげで…とは考えていない。むしろ、1985年に25歳という少々遅い社会人デビューを果たした翌年に、CDがアナログ盤を追い越し、メインのメディアがデジタルに切り替わったことにより、アナログ盤の価格が一気に下がったことが大きいのだ。そういう意味ではCDのおかげで…なのだが、就職して財布の中身に余裕が出てきたところで、好きなものの価格がガンガン下がっていれば、それは買いまくりだ。大人買いとは少々違うかもしれないが、その時期に買い集めた盤が多いことは間違いない。

また、その時期の日本経済は、絶好調の様相を呈していた。バブリーな空気感、だれもが笑顔でどうやって遊ぼうかと考えていたような時代だった。財テク・ブームなどと言って金儲けがゲーム感覚になっていた時代だったのだ。入社一年目の自分にさえ、NTT株の購入の話がきた。自分は、そんなにうまい儲け話などあるものかと眺めていたが、随分大儲けした同僚もいた。

一つだけ、非常に残念な思い出がある。バブル崩壊前後、自分は横浜市の東白楽という東横線の駅近くに住んでいた。その頃目にした不動産広告に綱島駅近くの倉庫物件があった。かなりリーズナブルで、エアコンとスチール・ラックの残置物があったものの、アナログ・レコードの収納にちょうどよさそうで、現地も見て「では買うか」と決意した直後に売れてしまったのだ。もし、あの倉庫物件を買っていたら、自分のコレクションはまた違ったものになっただろうとはよく思う。

その頃は、財布と相談して、後回しになっていたフュージョンやAORの盤を安く買い集めていた時期だった。一般に出回り始めたワープロ専用機で打ち出したリストを片手に、リー・リトナーやブレッカー・ブラザースなどのLPを買い漁っていた。不動産屋のお姉さんから「売れちゃった」という申し訳なさそうな連絡をもらった日以降、買って帰るレコードの紙袋の重さが倍以上に増した。当時の記憶は少し薄れてきたが、やはり忘れられるものではない。何はともあれ、楽しい時代だった。自分の場合、リー・リトナーのギターの響きには、東横線の匂いとともに、少々残念な気分が含まれているのである。


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