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続・下町音楽夜話 0308「考えさせられる代物」

たかがレコード、されどレコード一枚で随分考えさせられることもある。人生100年とは言うが、還暦過ぎの自分があと40年生きられるとは思っていないし、終盤に健康長寿である保証はない。せめて自由に動ける間は好き勝手に活動していたいし、できるだけ好きなレコードを聴いて過ごしたいとは思う。ただ自分の死後、このレコードの山がどうなるのかは気にならなくもない。カミサンには処分する先の候補を伝えてあるので、無駄にはならないと言いつつ、あまり負担にならなければよいがということも考える。自分の意思でちゃんと処分して、身の回りを片付けてから死にたいとは思うが、そう都合よくいかないのは世の常だろう。

昨今のアナログ・ブームの間に処分してしまった方がいいのではという考えもあるが、まだしばらくは自分で聴きたいものがいっぱいあるので、今のところ処分するつもりはない。それでも自分よりも熱量を持って一枚のレコードを愛し、求めていると感じるときには安価で譲り渡したりもしている。最近の自分のコレクションは、以前ほどコンプリートな状態ではなくなっているのはそのせいだ。トーク・イベントで使いたいときに見つけられないということはままあるが、恐らく売り渡したことを忘れているのだろう。

店を始める頃は、ある程度の域に達したと感じていた。欲しいもののリストを更新しながらレコ屋巡りをすることが最大の楽しみだった時期が終わり、体調を崩してからはウェブ通販で未聴のアルバムを購入したりもしたが、この辺はCDが多く思い入れも薄い。どのみちオリジナル盤志向が強くないので、CDで構わないと割り切れるアーティストはいくつもあることはあるのである。それでも、好きなアーティストのものはほぼ買い揃えたので、ある時点からは減らし始めたのである。

CDに関しては、もともと気に入れば友人にあげてしまったり、気に入らなければ売却して現金化したことも結構ある。おそらく千枚程度は処分したのだろうか。処分したものも、ほぼデータ化はしてあるので、聴けなくて困ることはないし、最近はYouTubeで検索すれば、ほぼ何でも耳にすることはできる。音質などに満足することはないと思うが、調べものやカヴァー・ソングのオリジナル・チェックなどのシーンで困らなくなったことは本当に有り難い。

最近オークションで個人の方から落札したセットものがある。これが少々異質であることは開梱した瞬間に気が付いた。ショップが出品しているものとかなり趣きが異なるのだ。7インチ盤のセット・オークションはそれほど珍しいものではない。邦楽(最近は「和モノ」と呼ぶらしい)は気の毒なほど安価で落札されている。洋楽も状態の悪いものはダメだが、高額盤は猛烈な値段で競られている。そういったショップが出品している断捨離お手伝い系に混じって、個人出品も少なからずある。個人の場合、特定のアーティストが揃っているものや、特定の時代に偏ったものがあって、それはそれで楽しい。また状態のいいものが多いが、これは出品者の性格にもよるので、一概には言えない。

今回落札したものは、ショップではちょっと見かけないレア盤が数枚含まれているので、少々頑張ってみた。それでも随分お安く、申し訳ない気分だった。時代的には1960年代のものが多く、自分には少々古臭く感じる内容ではあるが、70年代前半の貴重な盤も含まれており、その辺がお目当てであった。さらには70年代から80年前後あたりのマイナーな映画音楽なども含まれており、いずれもそれなりの価値はありそうなものだった。

それにしても状態のいい盤が多い。特に1960年代初頭のものが、まるで新品同様なのだ。そしてこの盤が少し香るのである。タバコ臭い盤がたまにあるが、そういったものではない。お着物の方が身に着けている匂い袋のお香のような香りなのである。時代から考えるに相当お歳の方、それも女性だろう。お孫さんが手伝って断捨離でもしたのかと最初は考えた。

しかし、盤のクリーニングを進めていくうちに一群は違う匂い、つまりよくあるタバコ臭い盤もある。そういった盤は年代が違う。つまり二人の持ち物が混じっているようなのだ。思うに古いものの方が状態がよい。状態が良すぎるので、ずっと仕舞い込まれていたものかもしれない。それにしても年代が古すぎる。インターネットやヤフーが分かる世代の方が聴く年代のものではないのだ。これはおそらく遺品か何かだろう。あまり音楽に興味がない子供さんが、母親の遺品を整理がてら自分のものも処分したのだろうか。

正直なところ、これはオークションに出品してよかったのかということも含め、いろいろ考えさせられてしまう代物だった。この当時、330円といった金銭を支払って購入したレコードは、額面のままの価値ではない。たった2曲の音楽を聴くためにかなりの額を支払った方の職業やら、何故聴き込まずにきれいな状態のまま保存されてきたのか、いろいろ想像してしまうではないか。50年以上の年月を経てなおこの状態でいる盤も盤で、「凄いな」と言葉が漏れるほどなのだ。さて、インターネットで検索してどれだけの情報が得られるか分からないが、曲や演者、作者をはじめ、何に使われた曲なのかなどといった情報を辿っていくのは、殊の外そそられる作業なのである。


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