見出し画像

続・下町音楽夜話 0305「ヴォイス・オブ・アメリカ」

先日オークションで大量の7インチ・シングルを落札してしまった。想定外の安価だったので実に有り難い。その結果として、緊急事態宣言下の営業時間短縮によってできた時間を、フルフルにレコ屋作業が埋めている。ともあれ、30年以上にわたり探し続けていたものと、こんなかたちで出会えるとは思いもよらなかった。しかも新品同然のコンディションなのである。嬉しいではないか。

お目当ての筆頭はドリーム・アカデミーの「ライフ・イン・ア・ノーザン・タウン」である。英国盤は持っているが国内盤を見るのは初めてだった。大好きな曲というだけにとどまらず、この3人組のギタリスト、ニック・レアード=クルーズは1990年代のピンク・フロイドのツアー・メンバーである。しかもこの曲のプロデュースはピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアなので、この辺から人脈が形成されていったのであろう。その辺を語る上で欠かせない重要盤なのである。

そういったことを念頭に置いて聴くと、また違った聞こえ方をするから面白い。ミュージック・ヴィデオがMTVで頻繁に流れていたこともあって、単純に1980年代によくあったポップ・チューンのイメージで好きになった曲だが、演奏もそれなりに聴きごたえがある。楽器の音で聴かせるだけでなく、全体のアンサンブルが重要な曲であることもあらためて面白いと思う。音作りがピンク・フロイドに通じているといったところだ。昨年3月に、オーディオテクニカのご紹介で、アタック・マガジンという英国のウェブ・メディアの取材を受けたときにも素材に使った曲なので、個人的にちょっとした思い出の一曲なのである。

もう一つ、どうしても落札したかったものがある。それが、ジャクソン・ブラウンの「シェイプ・オブ・ア・ハート」の国内盤シングルだ。いかにもジャクソン・ブラウンらしいミドル・テンポの美しいバラードである。ただし、この盤が欲しかったのはこの曲がお目当てではない。Side Bに収録されている「ヴォイス・オブ・アメリカ」のカヴァーの方なのである。これがそもそもLP未収録なのだ。しかも今回のブツに関して、本当に嬉しかったのが、これが見本盤であり、発売日がラベルに書き記してあるのである。この盤の発売日は1986年6月25日、そう、この時点でジャクソン・ブラウンはもうこの曲にたどり着いているのだ。

画像1

1986年12月21日、恐ろしく寒い日だった。自分は異様なほどの熱気が渦巻く神宮球場のグラウンドにいた。「Hurricane Irene - Japan Aid 1st」というライヴ・イベントに参加するためだったが、これが35年経った今でも忘れられない猛烈な体験だったのだ。サンプラー的なライヴ映像がレーザーディスクで発売されたが、ジッとしていられない程の寒さの中、グラウンド全体の観客がぴょんぴょん跳びはねている様子が映っており、自分自身もしっかり確認できるほど映り込んでいるのだ。後々観たくなって探したが見つけられず、DVDを買おうとしたらDVD-Rだというので止めたところまでは記憶しているのだが、さてレーザーディスク、どこへ行ったやら…。

画像2

この日のお目当ては大ヒット中のピーター・ゲイブリエルとジャクソン・ブラウン&デヴィッド・リンドレー、そしてリトル・スティーヴン・アンド・ザ・ディシプルズ・オブ・ソウルだった。ルー・リード、ハワード・ジョーンズ、ユッスー・ンドール、レベッカ、白井貴子、サンディ&ザ・サンセッツなども出演していたが、正直なところ、あまり憶えていない。「国連平和年事務局公認イベント」ということもあってか、メッセージ色の強い連中ばかり出演していたが、最も存在感を示していたのがジャクソン・ブラウンとリトル・スティーヴンだったように思う。

リトル・スティーヴンはブルース・スプリングスティーンのバックを固めるE・ストリート・バンドのギタリストだが、彼の1984年リリースのソロ・アルバム「ヴォイス・オブ・アメリカ」が非常に気に入った自分は当時最も聴き込んでいた一人なのである。そのタイトル・チューン「ヴォイス・オブ・アメリカ」は強烈な政治的メッセージそのものだが、とにかく自分は曲が好きだった。それをジャクソン・ブラウンがカヴァーしたのにアルバムには収録されなかったので、なかなか辿り着けなかったというわけである。

画像3

ジャクソン・ブラウンは1989年のアルバム「ワールド・イン・モーション」では、やはり「アイム・ア・パトリオット」をカヴァーしている。ジャクソン・ブラウンがライヴでも好んで演奏する、このリトル・スティーヴンことマイアミ・スティーヴ・ヴァン・ザントの代表曲「アイム・ア・パトリオット」と「ヴォイス・オブ・アメリカ」の2曲、ジャクソン・ブラウンにとってどのような意味を持つのか、その辺を確かめたくて長年探していたというわけだ。それがようやく手に入ったのである。この真面目過ぎるような2人の邂逅に想いを馳せ、しかも冬の神宮球場での熱いライヴの思い出に浸るには最高の1曲なのだ。…さて、値札を付けますかね。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?