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下町音楽夜話 Updated 015「ハンブルバムズ」

相変わらず、古い音盤を引っ張り出してきては、あれこれ聴き漁り、芋づる式に連想されるものを観たり聴いたりして、秋の夜長を満喫している。ジェリー・ラファティを覚えているだろうか。ヒット曲としては、まずは1977年の「霧のベーカー街」が挙げられるだろう。550万枚以上売れたというアルバム「シティ・トゥ・シティ」からのシングル・カットだが、印象的なイントロのサックスが決して忘れられない。

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ただし、それ以外となると、なかなか出てこない。それなのに、メロディ・メイカーとしての評価が一般に定着していることが面白い。続く1979年のアルバム「ナイト・アウル」からシングル・カットされた「ゲット・イット・ライト・ネクスト・タイム」も佳曲だった。しかし自分の一番好きな曲はというと、うんと遡り、1972年にスティーラーズ・ホイールとしてリリースされた「スタック・イン・ザ・ミドル・ウィズ・ユー」となるだろう。彼の場合、確かにそれ以外では、簡単には曲名が思い浮かばない。特に日本ではそれ以外はヒットしてないのではなかろうか。こういうケースに出くわす度、英国という国が遠く離れた異国であることを思い知らされてしまうのだ。

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しかし、日本ではその程度にしか評価されていない彼だが、拘り続けて再発してくれるのだから有り難い。最近も嬉しい再発があったのだ。ジェリー・ラファティがソロでヒットを飛ばす前にジョー・イーガンとともに組んでいたバンドはスティーラーズ・ホイールである。このグループに関しても、専門誌レコード・コレクターズの紹介記事でさえ、スティーライ・スパンと勘違いしているほど、日本ではマイナーな存在である。「スタック・イン・ザ・ミドル・ウィズ・ユー」というナンバー・ワン・ヒットを持ち、知る人ぞ知る、70年代の英国フォーク・ロックを代表するサウンドを持った連中だったが、残念ながら現状はそういったところである。

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さて、ジェリー・ラファティは、その前にもう一つバンドを組んでいた。それがハンブルバムズである。3枚のアルバムを残してあっさり解散してしまったが、今年の夏、その3枚のアルバムが、全てリマスターされ、紙ジャケットで再発されたのだ。2in1にしてみたり、未発表音源を加えてみたりと、何度も再発されるところをみると、やはり彼らの音楽を愛し、支持する人間がいるということなのだろう。

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ハンブルバムズは、元々ビリー・コノリーとトミー・ハーヴェイのデュオとしてスタートしたフォーク・グループである。2枚目からジェリー・ラファティが加わることでポップ色が増し、3枚目からはさらにエレクトリックな楽器が加わることで、グラスゴーを代表するポップ・グループとなった。ポール・マッカートニーと比較されることが多いジェリー・ラファティが作った曲は、この時点で後のヒットを予感させるに十分なものだが、大きな成果を得られないままバンドは解散する。なぜなら、ビリー・コノリーはそもそもコメディアンなのである。後々英国では知らない人はいない存在にまでなる、歌えるコメディアンのスタート地点がこのバンドだったのだ。純粋に音楽的な成功を目指していたジェリー・ラファティには、語りやコメディ主体のライブが我慢できなかったというわけだ。

さて、最近、面白いところで彼の名前を発見した。このビリー・コノリーという男、日本の我々にも非常に馴染み深い映画に出演しているのだ。トム・クルーズ、渡辺謙、真田広之、小雪らが共演した米国産時代劇「ラスト・サムライ」がそれである。トム・クルーズ演じるネイサン・オールグレン大尉を日本国に引き合わせ、彼とともに日本に渡り、序盤の霧の森の戦いで命を落とすガント軍曹を演じていたのが彼なのである。

確かに監督のコメンタリーの中でも、「コメディアンだがシリアスな演技もいい」と評価されている。しかしさすがに、彼が元々ミュージシャンだったとは触れられてはいない。英国国内では有名なのかも知れないが、国際的な活動でないと、遠い極東の国にまではその活動が伝わってこないのは仕方ない。いくらインターネットが世界の距離を縮めたとはいえ、ローカル・ヒーローに関しては、積極的に情報を得ようとしない限り無理である。

ところで、映画「ローカル・ヒーロー」はご存知だろうか。このサントラ盤は、ダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーが手がけたもので、実に渋い演奏がたっぷり聴ける隠れた名盤である。マイク・マイニエリやエディ・ゴメスなど、ジャズ/フュージョン・シーンで活躍するミュージシャンとともに、ジェリー・ラファティもヴォーカルで参加している。英国の映画というと、最近ではミスター・ビーンのローワン・アトキンソン関連がどうしても印象深いが、もともとモンティ・パイソンなどに通じる独特のテイストのコメディが受けるお国柄でもある。ハリウッド的な笑いとは明らかに違い、国民性を感じさせる個性的なものである。英国のお笑いは、音楽同様、奥が深そうだ。

自分の場合、時間の制約もあり、近頃は滅多に映画館に足を運ぶことがなくなってしまった。それでも、たまにはDVDを買い、自宅のリヴィングで楽しんではいる。最近では、「ダ・ヴィンチ・コード」あたりが印象深い作品といったところか。しかし、あれも原作を読んでいるから背景も十分に理解できたが、映画だけを観てストーリーが理解できるのか、疑問に思わなくもない。如何せん、素晴らしい芸術作品も多く登場するし、パリやロンドンの市街地から英国の片田舎の景色まで出てくるので、実に楽しめる。また、この原作は、米英仏の文化の違いを理解するにはいい助けになる。自分の場合、結構なアート好きでもあり、この映画だけは外せない。アートといっても現代アート中心だが、ポップでもいいものはいい。

ジェリー・ラファティに関しては、ジャケットにも触れないわけにはいかない。毎回、実に楽しめるジャケット・アートで、一度を手にしたら、しばらくはそのジャケット・アートから目が離せなくなってしまう。ジョン・パトリック・バーンという作者がクレジットされているが、ジェリー・ラファティの友人なのだろうか。ハンブルバムズの2枚目やスティーラーズ・ホイールの1、2枚目、またジェリー・ラファティのソロ作品などで、一貫したテイストのイラストを描いている。これがヴェリー・スコティッシュで、その一方で、1960年代後半のヒッピー・ムーヴメントとともに語られるフラワー・パワーの影響も感じさせる、実に楽しいものなのだ。しかもビートルズの日本で企画されたベスト盤「バラード・ベスト20」にも起用されているが、この盤が何かのミスでレアテイクが数曲紛れ込んでおり、ビートル・マニア泣かせの一枚なのである。

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さて、芸術の秋本番、自宅で小さな紙ジャケットCDを眺めながら、「これだってアートさ」と、美術館や映画館にでかける余裕がないことを恨めしく思いながらも、楽しく長い夜を過ごしている下町のオヤジであった。

(本稿は下町音楽夜話230「ハンブルバムズ(2006.11.18.)」に加筆修正したものです)

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