第4章

【眠れない夜】第4章 1997年 終演

とうとう、クリスマス公演の日がやってきた。この日の為に2ヶ月間僕たちは準備してきたのだ。
幕が開いてしまうと、僕のやることはない。今日までは、役者たちに厳しく指導してきた。
今、僕のやることは彼らを励まして自信を持たせ、モチベーションを上げさせることだけだ。
一週間前に涙を見せた、後輩の美香の衣装はなんとか間に合っていた。

今日はクリスマスイブ、明日からは冬休み。だから学校はもうお祭り気分だ。
放課後の公演なのにもかかわらず、学校の講堂には500人近くの観客が集まってくれた。予想以上の人の入りで気持ちはどんどん高まってくる。
そして、舞台の幕は開いた。

役者達は大きなミスもせずに、芝居は終焉へと近づいていった。
この幕が閉じたら僕の2年間の演劇部の活動に幕が閉じるのだ。なんだか寂しい気持ちになってくる。自分の青春が終わってしまう。そんな気がした。
最後のクライマックスの暗転。

僕はもう込み上げてくる涙を抑えることはできなかった。人前で涙を流したのは初めてだった。
僕の胸を占めるのは、切なさなのか寂しさなのか、それとも感動なのかわからなかった。

ただ、ただ、涙が溢れ出てきた。

クリスマス公園の打ち上げはお好み焼き屋だ。ここは、何かイベントがあると来る定番の店だ。
後輩の美香と彼女と付き合っている細木の姿はなかった。

他にも先に帰ったメンバーは多い。むしろ、打ち上げのメンバーの顔触れはいつも決まっていた。
25人いる演劇部の内、10人くらいしか参加していない。

「相変わらずあいつら付き合い悪いな。」

「美香は千葉の田舎から通ってるからしょうがないよ。それより、このあとみんなカラオケいくだろ??」

僕は、カラオケが好きだった。それに、打ち上げの後のカラオケはお決まりのコースだった。

「わりぃ、おれ今日は無理なんだ。」

「すいません先輩。先輩の最後の日なのにホントごめんなさい。私ももう帰らないと。」

次々とたたみかけられた。舞台監督の鈴木亮介も、後輩の女の子達も、みんなこの後予定があるらしい。
クリスマスイブだから、しょうがないか・・・。

「かいとー、私は付き合ってあげるよ!!」

と先輩の結花だ。この流れだと結花と僕の二人きりになってしまう。
正直うれしくてちょっと心拍数があがった。でも、

「新田は行けるだろ??さすがにふたりじゃまずいし。」

僕は、演出助手の梓に聞いた。

「かいとの最後だからね。いいよ。」

結局、僕と結花と梓の三人でカラオケに行くことになった。演劇部の中でも人気の女子二人とだ。
まさに両手に華とはこのことだった。
こんな瞬間が訪れるとは思ってもみなかった。僕は、結花にも梓にも少しずつ想いがあった。少なくとも、梓のことは好きだった。

この3人でのカラオケタイムは、今まで僕の人生で一番ドキドキした時間だった。
思い出に残るクリスマスイブとなった。

そして、冬休みになった。

「オヤスミ★ユカ」

今日の夜も、ポケベルが鳴った。この頃の高校生は携帯なんてもっていなかった。その代り誰もが、ポケベルを持っていた。
広末涼子がドコモのCMをしていて、広末ファンも多かった。

冬休みに入ってから毎日のように先輩の結花とポケベルのやり取りが続いていた。時々電話もした。長い時は3時間くらい。でも、二人で会うようなことはなかった。
実際、彼女が僕のことをどう思っているのかはわからなかった。僕は彼女を誘う勇気がなかった。

でも、僕は確実に彼女を好きになっていた。演劇と別れを告げた僕の頭の中は、彼女でいっぱいだった。

以前僕は、結花の第一印象はあまり好きでなかった。男勝りの女という感じがしたからだ。テンション高くて、きついことヅケヅケいうし、わかりあえることはないと思っていた。
距離が近づいたのは、僕が演出をはじめてからだ。はじめて演出をする僕を、気にしていろいろ口出しをしてきた。

はじめはうっとうしくて、いい合いをしたこともあった。でも、そのうち語り合い、わかりあうようになった。
だからといってその時は好きにはなってなかった。というか、何かと噂の多い彼女を好きになるのが怖かった。傷つきたくはなかった。
冬休みになると、お互い暇で電話でいろんなことを話した。普段は強気強気にみえる結花もも、時々弱さを僕に見せるようになった。

結花はもともと容姿もよかったし、僕は少しずつ彼女に惹かれていった。

年はあけてお年玉が入った。
外はまだ寒いけれど、懐はあたたかくなっていたある日。僕は自転車で買い物に出かけた。
正月ボケのせいか、眼鏡もコンタクトもつけずに出かけてしまった。それでも、天気はいいしなんとなく見えるから気にしなかった。

その頃住んでた僕の家は、丘の上にあった。出かけるときは自転車はほとんどこがなくても、重力でかってに進んでいく。
僕は自転車で10分くらい走ったところにあるデスカウントショップに行った。
そこで、年末から狙っていた時計をお年玉で買った。そして、お金が入った勢いもあり、他にも色々物色していたらかなりの時間がたっていた。
冬の日の入りは早い。店を出るときは夕暮れで少し暗くなりつつあった。

眼鏡もコンタクトも付けていないから、まわりがよくみえない。寒いし、早く家に帰りたかった。
行きは下り坂で楽だけど、帰りは登り坂でつらい。自転車は、大通りを走るより車の通行の少ない路地を走った方が楽だ。
だから僕は、途中まで大通りを走っていたが、途中から路地に入った。それが間違いだった。

さらに登りはきつくなった。勢いをつけて立って自転車をこがないと、坂を登りきれない。
だから、十字路で右から車が来るかどうかなんて気にしていなかった。
しかも、この薄暗さの中、コンタクトなしでは、まわりがよく見えない。

僕の記憶は十字路までがんばって坂を上って来たところで止まっていた。
その瞬間、自転車と僕は宙に舞った。

そして数秒後、十字路で膝を震わせて立ち尽くしている男がいた。
彼は、僕を横から軽トラックで跳ね飛ばした運転手だった。

その時彼は、
「人を殺した」
と思った。

夕日が沈んであたりが真っ暗になった頃、車輪が車体からはずれ、変に湾曲した自転車だけが、その十字路に残されていた。

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