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フィールドワーカーの目を通して歴史と出会う――清水亮『「軍都」を生きる:霞ヶ浦の生活史1919-1968』(岩波書店, 2023)

この記事は

前田麦穂が書いた、清水亮「軍都」を生きる:霞ヶ浦の生活史1919-1968』(岩波書店, 2023)の感想、面白かった点の覚え書きです。

本書の概要

物語は、日本で2番目に広い湖のほとりの村への海軍飛行場建設から始まる。地域の人々は、基地経済や外出してくる軍人と、日常的にどう関わっていたのか。戦後はなぜ自衛隊駐屯地を誘致したのか。戦争や開発、祝祭に揉まれて暮らしてきた地域住民の生活体験を、史料やインタビューから活き活きと描き出す。写真豊富。

プロローグ この世界のもう一つの片隅で

序章 基地を抱きしめて

 「魅力」という危険な問題
 軍都の饒舌
 戦後なお回帰する軍都
 軍隊と地域をつなぐ結節点のドラマ

第1章 空に飛行機、地には下宿──戦間期の海軍航空隊は「世界の空の港」
 航空隊は観光地
 飛行機のスペクタクル
 仮装行列とキング・コング
 巨大格納庫にツェッペリン飛行船
 「国際」的な「空の港」
 墜落飛行士と農家の娘
 開拓地買収への抵抗
 農村生活の激変
 軍人向け間貸し下宿
 憧れは軍人の花嫁
  コラム➊ 聞き書きに文字の声を聴く

第2章 盛り場は「ボイコット」、料亭で「芋掘り」── 暴力の諸形態 
 繁栄と底辺
 婦女暴行からボイコット
 殉職パイロット慰霊の花火大会
 爆音の町の風情
 水兵をヤクザがしばいて第二回ボイコット事件
 在郷軍人が調停した第三回ボイコット事件
 航空隊による水害救援
 モテる「海軍さん」
 料亭で「芋掘り」
 「戦争が近づくとますますひどくなって」
  コラム➋ さらにいくつもの芋掘り

第3章 「空都」の膨張と破裂──占領期は「学園都市」へ
 「空の港」から「空都」へ
 郷土の誇りは敵国の悪夢
 「時局下」でも仮装行列
 町制施行は海軍記念日
 農地を失い下宿・クラブへ
 予科練に憧れたクラブの子
 外出の楽しみ
 空襲の偏った被害
 「空都」から「学園都市」と開拓地へ
 銭湯とマー君
 御用商人と梅干
  コラム❸ 掩体壕で暮らした引揚げ開拓者一家

第4章 自衛隊にみた「軍都」復興の夢──空洞への誘致と高度経済成長期の埋没
 警察予備隊誘致
 「予備隊景気」への期待
 空洞を満たす夢
 醒めた記憶
 「阿見は植民地」
 新町に出てくる隊員たち
 間貸し下宿の復活
 広がらない基地反対運動
 開拓地接収への抵抗
 工場や住宅に埋もれていく基地
 もはや「第一の戦後」ではない
  コラム❹ 予科練跡地の少年自衛官

第5章 広報にみえる旧軍の面影──科学技術・祝祭・災害派遣
 保安隊と軍艦マーチ
 アメリカ式装備のパレード
 自衛隊も仮装行列
 兵器は子どもたちに人気
 水害と戦う
 「昔予科練今武器学校 ともに栄えて阿見の町」
 予科練が結ぶ自衛隊・地域婦人会・戦友会
 一九六八年の二つの世界
  コラム❺ 軍都が生んだ歴史家

終章 軍事化の共演
 “共存共演”
 軍事化の魅惑
 賛否よりもなじみ深さ
 平凡は神話よりも強し
 希望と憧れ
 饒舌の輪のなかへ

 エピローグ 記憶の器 

https://www.iwanami.co.jp/book/b619867.html

面白かった点と感想

1 地図や写真から伝わる「フィールドワーカーの目」

  • 前著『「予科練」戦友会の社会学:戦争の記憶のかたち』(新曜社, 2022)でも(配置図なども含め)その場所・地域がどのような空間なのか、に焦点が当てられていましたが、今回は更に多くの地図や写真(屋内や物品なども含め)が用いられています。

  • これにより、歴史研究者であるとともにフィールドワーカーである著者の「目」を通して、読者が阿見町と出会うことができる本になっていると思いました。

2 軍都への進歩的概念による意味づけ

  • 第1章 軍都への「空の港」=「文化」「国際」の意味づけ(pp. 26-28)

  • 第2章 プロペラの爆音を「文明」の音とする意味づけ(p. 58)

  • →私が最も衝撃を受けた軍都の「魅力」がこれらの点でした。このような人々の意味づけを明らかにしているからこそ、終章での丸山眞男の議論と本書の問題意識(軍事化の「平凡化」を内側から描き出す)の部分に非常に説得力がありました。

  • また上記の意味づけは第5章(戦後)の霞ヶ浦駐屯地パレードの描写でも想起され、「人々は戦前も戦後も、外来の科学技術のスペクタクルに魅了された。」(p. 158)という一文に集約されていくことで、「軍都」への意味づけの重層性と通時性がわかりやすく示されていると思いました。

3 戦後初期の「軍都」の切実さ

「「軍都」復活への期待の連呼は、高度経済成長という未知の豊かさを手に入れる直前の、戦後初期の貧しい社会に起こりえた。[…]「軍都」による「復興」とは、貧しさと戦前の記憶を糧に一瞬だけ吹きあがった、切実な夢だった。」(pp. 145-146)

  • →私もこの時期を研究しているため、第4章のこの部分はその「切実」さがありありと想像でき、強く印象に残りました。

4 図注・章末注の遊び心

  • この本はとにかく注が熱い(笑)

  • 無粋を承知で挙げるとすれば、

    • 図2-8の寄せ書き屏風に「解脱煩悩にはほど遠い」(p. 75)というツッコミ

    • 第1章注64(著者と郷土史家との温かい関係性がよくわかる)

    • 第2章注57(国会議員のつけ未払いへのツッコミ)

    • エピローグ注3(泣ける…)

  • が面白かったです。

5 「遅く生まれた」こと

  • コラムがどれもすごくいいんですが、コラム1が「私は遅く生まれすぎた。」(p. 44)から始まるのめっちゃいいですね。

  • 「遅く生まれた」ハンデがありつつも様々な人の縁を著者が大事にして、このような研究を書き上げたことが本書の随所から伝わってきて、阿見町の歴史を通して著者の人となりも同時に読んでいるような、不思議な気持ちになりました。コラム1末尾の生活史を「文字の声」からも描いていこうという点も、すごく説得力がありました。

  • あとコラムの中ではコラム2(さらにいくつもの芋掘り)も好きです。

6 終わりに

  • これまでの著者の研究の展開を知っているからこそ、前著『「予科練」戦友会の社会学』とは別に、今回のような形で本にまとまり世に出たことを(勝手に)感慨深く思いました。

  • 以上、まとまりのない感想となりましたが、ご興味を持った方はぜひ本書をお手に取ってみてください。





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