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鬱になった金魚

いつだったか、魚も鬱になるという記事が話題になった。私が小学生の頃に飼っていた金魚は酷い鬱になり、長生きした。

「ひらりさん」と呼んでいた。当時読んでいた漫画にも同じ名前のキャラクターがいた。名前の響きがよく似合うと思ってつけたものだ。平たくて白地に赤と黒の模様が入った少し大きめの金魚だった。

この金魚はめちゃくちゃ泳いだ。落ち着きがない。自分勝手で、周りの魚のことなんて考えず好き勝手にぐるぐると泳ぎ回っていた。とても元気だった。明るく活発でわがままだけど健康的、そんな感じの性格だった。いつも母と「今日も元気いっぱいに泳ぎ回ってるね〜!」と笑っていた。餌くれアピールもしたし、よく食べた。

金魚が泳ぎ回ることで困ることがあった。水槽に取り付けたフィルターに体当たりするのだ。フィルターは水槽内の水を吸い込むところがある。そこは魚が吸い込まれるのを防止するためのパーツがあり、外すことができる仕組みになっていた。元気いっぱいに泳ぎ回る金魚がフィルターに体当たりし、吸い込み口を外すようになった。色々と対策はした。外れたらすぐ直す。意味がなかった。ガムテープでぐるぐる巻きに固定する。意味がなかった。吸い込み口の近くに水草を置いて邪魔をしようとしたがそれも意味がなかった。ひらりさんは元気いっぱいだった。

ある日の夜、帰宅するととんでもない音が鳴り響いていた。非常事態だ。水槽の方から音が鳴っている。電気をつけると、いつも泳ぎ回ってるひらりさんが怯えながら水槽の端で震えていた。本当に震えていた。震えながら、恐怖で泣きそうになっていた。大きな音を立てている方を見ると、フィルターにオレンジ色の金魚が吸い込まれていた。尻尾の方から吸い込まれている。音の正体がわかった瞬間に電源を抜いたけど、吸い込む力から解放されて出てきた金魚の尾ヒレは酷い有様だった。うちに来たばかりの綺麗な金魚はボロボロになって死んだ。一番綺麗な子だった。あのときの感情はどうやっても言葉にならない。私はどうすれば防げたのだろうか。対策はしたつもりだった。

それからひらりさんは静かになった。いつも泳ぎ回っていたのに水槽の底の角でじっと動かなくなった。フィルターから一番離れたところが定位置になった。餌の時間になると皆より遅れて食べて、少しだけ泳いで、あとは何もしなかった。もちろんフィルターの吸い込み口を外すこともなくなった。何もしなくなった。

金魚は鬱になる。ひらりさんは長生きした。私が高校生の頃に死んだ。何を考えていたかわからないし、何を感じていたのかわからない。罪悪感だろうか。怖かっただろうか。大人になるにつれ、鬱やPTSDといった言葉を聞く機会が増えた。「ああ、金魚は鬱だったんだ」と思った。数年後、私も鬱になった。症状が最も酷かった頃を思い出すと、あの金魚も重度の鬱だったのだろうと思う。何もしたくない。ただ1日が過ぎるのを待つだけだった。金魚は触ることができない。話すこともできない。なんかもっと話しかけてみれば良かったな、と後悔している。

私は今ベタを飼っている。ベタは表情豊かだ。ヒレはボサボサになっていくが、せめて精神的には健康であってほしい。毎日ハッピーであってほしい。今日もじっと人間を見て離れたり近づいたりしていた。何を考えているかわからないし、何を感じているのかわからない。でも人間を見ようとするベタを見てると「きっと元気だろうな」と安心する。魚たち、健康であれ。

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