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『パワーポイント・デザインブック』はパワポの本? それともデザインの本? その謎を明かす~著者の山内さんが語る、本書製作までの道のり

2022年11月10日に発売された『パワーポイント・デザインブック 伝わるビジュアルをつくる考え方と技術のすべて』は、工夫が散りばめられた誌面デザイン、わかりやすいテキストと図解、そして圧倒的物量(432頁)と網羅的な解説で高い評価を得ています。

ただ、本書のタイトルを見て、次のような疑問が浮かんだ人もいるのではないでしょうか。「⁠これはパワーポイントの本なのか、それともデザインの本なのか?」と。

そこで今回のインタビューでは、前身となった同人誌『PowerPoint Re-Master』にまでさかのぼって、『⁠パワーポイント・デザインブック』とは何者なのかを明らかにしたいと思います。

話し手:山内俊幸(やまうちとしゆき)
1990年生まれ。科学コミュニケーター/デザイナー。関西学院大学大学院理工学研究科修了。科学技術と人、社会との関係をつむぐ「科学コミュニケーション」にデザインの領域から挑戦するため、天文学を学びながらグラフィックデザイナーとしての活動を展開。日本科学未来館の科学コミュニケーターを経て、フリーランスに転向。Wimdac Studioとして、科学技術にまつわるプロジェクトを中心に、展示やイベントなどの企画立案、編集、執筆、制作、実施までの幅広い領域で「デザイン」している。また同時に、同人誌「PowerPoint Re-Master」の発行などを通じて、誰もが「コミュニケーション」をデザインできるようになることを目指した活動を行っている。

聞き手藤本広大(ふじもとこうだい)
技術評論社書籍編集部所属。『⁠パワーポイント・デザインブック 伝わるビジュアルをつくる考え方と技術のすべて』のほか、『⁠一気にビギナー卒業! 動画でわかるAfter Effects教室⁠』⁠、『⁠SNSマーケティングはじめの一歩』などを担当。


科学コミュニケーションをパワポで支えたい ――『PowerPoint Re-Master』の誕生

――『パワーポイント・デザインブック』の正体に迫るには、ベースとなった『PowerPoint Re-Master』シリーズにまでさかのぼってお話をお伺いするのがよさそうです。こちらを制作された動機はどのようなものだったのでしょうか?

山内:この本のタイトルには出てこないのですが、実はもともと「科学コミュニケーション」を大上段のテーマに据えていました。それをパワポでデザインするための本を作りたかったんです。「⁠科学コミュニケーションとは何か」を厳密に考えだすとかなりややこしいので、ここでは「何かしらの手段を用いて、科学的な知見を人に伝える営み」といったぐらいに考えてください。

『⁠PowerPoint Re-Master』は、2016~2019年にかけて同人サークル「Wimdac Studio」が発表した同人誌シリーズ。2019年8月に開催されたコミックマーケット96(C96)では、シリーズ9冊の集大成として、「⁠Logics」と「Features」からなる「総集編」が頒布された。

――米村でんじろうさんが行っている、実験ショーのような活動でしょうか?

山内:まず思いつくのはそれですよね!

でも「科学的な知見を伝える手段」は、他にも考えられるはずです。例えば、1対1の対話や、マスコミュニケーションによる発信が手段になってもいい。さらに大きな視点で見れば、法律や政策から科学との触れ方を変えることも、科学コミュニケーションの一つと呼べるでしょう。

このように無数の手段があるなかで、僕はグラフィックデザインからのアプローチに興味がありました。つまり、展示物や発表ポスターのような、人と人の間に挟まった「モノ」を通じて情報が伝達される、そういったコミュニケーションです。仕事として行っている、科学館展示の企画・制作もそのひとつですね。

――山内さんのように、科学コミュニケーションを「モノ」のデザインから考えるという視点は一般的なのでしょうか?

山内:まだまだ、一般的とは言えないかもしれませんね。それが『PowerPoint Re-Master』の問題意識であり、制作の動機にもなっています。というのも、魅力的でわかりやすいビジュアルをつくって発信することは、科学を専門とする人にとって「専門外」のことで、どうしても苦手とする人が多いんです。すると専門家以外は近寄りがたい情報になってしまい、界隈がタコツボ化してしまう。しかし、科学技術は僕らの暮らしを下支えしているものですから、それはちょっとまずいだろうという危機感がありました。

なら僕にできることは何だろうかと考えたとき、一番わかりやすい解決策は僕が全部デザインすることですけど……それは無理ですよね。だから、ノウハウを発信することで、読者さんが自分でビジュアルを制作する助けになりたいと思ったんです。このスタンスは同人活動を始めたころから一貫していて、『⁠PowerPoint Re-Master』シリーズの前、最初の同人誌から「研究に従事する人」をメインターゲットに据えてつくってきました。

上の画像は、2014年8月開催のコミックマーケット86(C86)で頒布された『DeScience 04 科学者の知りたい文字の話』。書体の種類といった基本的知識から、見やすい論文・発表資料のレイアウトといった実践的内容までが詰まった一冊。

――制作の裏側には科学コミュニケーションへの思いがあったのですね。反対に気になったのですが、これだけの大作をつくっておきながら、もしかしてPowerPointというソフト自体に思い入れがあったわけではない……?

山内:ソフトとして好きか嫌いかの二択ならば、僕は後者です(笑⁠)⁠。さまざまな機能が魔融合しているPowerPointは、万能で便利なツールであるものの、一ユーザーとして見たときに使いにくいと感じる部分もあります。

ではなぜPowerPointの本にしたのかと言われると、一番の理由はシェア率ですね。比較的手に入りやすい事務用製品で、自由なレイアウトができるツールとして活躍しているのは、やはりPowerPointだと思います。研究発表のスライドから企業のプレスリリースまで、PowerPointでつくる方が多いのではないでしょうか。だからこそ、それを「道具」として使いこなすスキルは、科学コミュニケーションとしてアウトプットするモノの質を大きく左右するのではないかと考えていました。

――なるほど、PowerPointはあくまでも、手元にある「道具」のひとつという位置付けだったということですね。

山内:そうですね。このスタンスは『PowerPoint Re-Master』から『パワーポイント・デザインブック』になっても変わっていないはずです。

ロジックを積み重ねる理系的なデザイン入門 ――『パワーポイント・デザインブック』への発展

――さて、そろそろ本題である『パワーポイント・デザインブック』の話に入っていきたいと思います。『PowerPoint Re-Master』から大きく生まれ変わった本書のキーワードは、タイトルでも用いられている「デザイン」だと理解しています。この点、いかがでしょうか。

山内:僕はスタート地点が「ノンデザイナー」なんです。つまり、デザインを専門とした教育を受けていない。じゃあ何をしていたかというと、天文学(宇宙物理)のお勉強をしていました。ブラックホールの謎が大好きだったので(笑⁠)⁠。

『⁠パワーポイント・デザインブック』の刊行にあたっては、『⁠PowerPoint Re-Master』からの抜本的な見直しが行われた。「⁠(⁠PowerPointで)伝えたいことがあるすべての人」を対象読者とし、科学研究に限らず、ビジネス、教育、趣味の領域でも活用可能な書籍となっている。

そんな僕がデザイン論を語るのは何か違うだろうと思っていたので、『⁠PowerPoint Re-Master』では意識的に、伝えるための「ツールの使い方」に焦点をしぼっていました。真正面からデザイン論について解説するつもりはまったくありませんでした。

ただ、ツールを真に使いこなすには、それを使って「何をつくるか」を明確にしておく必要があります。そして「何をつくるか」を明確にするには、「⁠なぜそれをつくるのか」を理解しないといけない。そうやって考えていくと、デザインについて触れることは避けられないと思い至り、『⁠PowerPoint Re-Master』シリーズが進むにつれて体系立てたデザイン解説が増えていきました。結局デザインについて語っていたという(笑⁠)⁠。

各章(Introを除く)は、「⁠デザインの視点で考える」「⁠ビジュアルを設計する」「⁠パワポでつくってみる」の3ステップで構成されている。本書はこれを「ビジュアル・デザインのプロセス」と呼び、それぞれのステップを互いに紐づけながら解説を展開している。

――なるほど、PowerPointで伝えることを追究していくと、デザインに突き当たったということですね。ノンデザイナーには、「デザインは難しそう」というイメージがあると思うのですが、山内さんはどうやってデザインを独学したのでしょうか。

山内:デザインの独学は本当に大変ですよね。僕は、デザイン書を読み漁り、死ぬほどアウトプットし、イベントに顔を出してはいろんな人に話を聞く、ということをとにかく続けました。ふんわりと感覚を掴みはじめたとき、日本科学未来館の科学コミュニケーターとして、「デザインあ展 in TOKYO」に関わらせていただく機会もいただき……。「⁠科学とデザイン」の関係や意義について相当に追い込んで考えまくった結果、自分の「解釈」をやっと得られました。「⁠デザイン、チョットワカル」みたいな感覚です(笑⁠)⁠。

でも、こうやって泥臭くデザインを学んできた立場からすると、違和感を覚えていることがあったんです。ノンデザイナー向けに「かっちょいい」ビジュアルのつくり方がわかるデザイン書が充実している一方で、その根源となる、ビジュアルをつくる「理由」や「思考」が体系的に学べる本が少ないのではないかと。「⁠マネしたらすぐできる」というインスタントな情報にまみれていないかと。

――確かに「この通りにすれば、イケてるビジュアルをパッとつくれる」といった、お手軽をウリにした書籍は今も需要が高いですよね。

山内:もちろん、そういう本が悪いと言いたいわけではないですよ。デザインをしっかり考える時間やリソースを割けない方も多いでしょうし、いい感じのビジュアルを作れるようになれるとモチベーションも上がるものです。敷居を下げて挑戦しやすくする、本当の「初心者」向けとして重要な役割を持っていると思います。

ただ、初心者を脱し始めて、自分のものとしてビジュアルを作成し始めたとき、マネで済ますことは当然許されないわけじゃないですか。マネして学べることも多いものの、それだけだと「流行りのビジュアルをそれとなくつくれる人」にしかならない。目的や用途とはズレたビジュアルを生成するマンになるわけです。省庁のスライドを変にビジュアライズして炎上する――みたいなことになりかねない(笑⁠)⁠。

特に伝えるためのビジュアルでは、派手さよりも堅実さ、合理性の方が重要視されます。つまり、ビジュアルに込める意図、「⁠ロジック」が大事。その「判断基準」や「考え方」がノンデザイナー向けに解説されている本が、本当になくて。僕自身、カッコいい作例がたくさん載っている本を読み漁った後に、「⁠で、これからどうすればいいの?」と悩んだ時期がありました。

そのとき僕が欲していたのは、「⁠理系的」ともいえる本だったのだと思います。つまり、「⁠なぜこうするのか」のロジックを一つひとつ積み上げることで、体系的にデザインを修得できるような書籍です。『⁠PowerPoint Re-Master』から意識していましたが、「⁠科学コミュニケーション」を前提とした本から「ビジュアルコミュニケーション・デザイン」へと発展させた『パワーポイント・デザインブック』では、このスタンスをより徹底して取り入れています。

本書は、PowerPointでの「制作」だけでなく、「⁠観察・分析」や「計画・設計」のステップも大切にしている。各項目では、「⁠より良いもの」を生み出すためのロジックを一つひとつ丁寧に解説している。

――ロジックを積み重ねていく「理系的なデザイン書」という視点、おもしろいですね。デザイナーとしてだけでなく、科学コミュニケーターとしての山内さんらしさが本書にも受け継がれている、そんな感じがしました。

山内:そうですね。「⁠筆者のオススメフォント」といったような、主観的な解説は徹底的に排除すること。「⁠この条件下ではこうなります」といった、条件の設定と明示をしっかり行うこと。そして、体系化されたロジックを踏み台にして、読者さんに自分の頭で考えてもらうこと。こういったスタイルを貫くことで、入門書としてはかなり硬派な内容になっていると思うのですが、刺さる人には刺さってくれるのではないかと信じています。

つい先日、『⁠パワーポイント・デザインブック』を読んでくれた物理学の研究者とお話する機会がありまして。そのときに、「⁠物理屋らしい本だね」という言葉をかけてもらって、「⁠あぁたしかに!」と納得しました。言われるまでは自分でも気付かなかったんですけど、やっぱりクセになっているんでしょうね(笑⁠)⁠。

おわりに ――AI時代の『パワーポイント・デザインブック』

――最後にちょっと攻めた話として、「本書の賞味期限」についてお伺いしたいです。AI技術のめざましい発展を受けて、魅力的なビジュアルを自動生成してくれるデザインツールが一般的になる未来もそう遠くはないのでは、と感じています。そのときに、「パワーポイントのHow to本」に果たして需要があるのだろうか……と思うことがあります。

山内:AIの専門家ではない、一デザイナーとしての予想ですが……そういう時代は思ったより早く来そうですよね。現にMicrosoftが「Microsoft 365 Copilot」も発表しましたし、日本語環境での実装もすぐされそうな気がします。すると、本書で紹介したPowerPointの操作のみならず、ワークフローが激変する可能性があることは否めません。

ただ繰り返しになりますが、本書のメインは「道具を道具として使いこなすために必要なロジック」なんです。「⁠伝わるビジュアルをつくる」のが目的なのであって、PowerPointはそれを実現するために便利で少しクセのある道具にすぎません。だから、PowerPointにAIが搭載されても、さらにいえばAIに置き換わったとしても、本書の内容は応用できる部分があるのではないかと思います。もちろんロジックをもとに、自分の頭で考えていただくことが不可欠ですけどね。

――PowerPointの本のように見えて、PowerPointの本ではない。道具が変わっても変わらないデザインのロジックこそが本書の真髄だということですね。

山内:ビジュアルの作成を誰でもAIに「発注」できるよう時代になったとしても、アウトプットの良し悪しを「判断」するのは僕たちであることに変わりはないと思います。

デザインを判断するには、「⁠何をもって良いとするか」というしっかりとした基準を自分の中に持っている必要がある。基準がなければ、適切なディレクションを行うことも、上司を説得することもできませんよね。広報などでデザインを発注したことのある方なら、この難しさに共感していただけるのではないでしょうか。

そう考えると、AIを道具として使いこなすためにも、「⁠ロジック」の重要度はこれから増すのではないかとも思っています。むしろ、道具を使いこなすことだけに固執しすぎると、AIに仕事を奪われる――なんてこともあるかもしれません。これもあくまで推測ですけどね(笑⁠)⁠。

――なるほど……。僕もデザインの発注ではよく苦しみます。今日のお話を聞いて、改めて本書を読みなおして、デザインのロジックをしっかり学びたいと思いました。ありがとうございました。

なお、以下の動画は山内さんが公開している「【発売記念】デザインとか本の内容とか全部見せる配信(お試し)【パワーポイント・デザインブック】」です。制作にあたってのさらにディープな裏話や、変態的なデザインへのこだわりを垣間見ることができますので、ぜひ皆さんにご覧いただきたいと思います。

※この記事は2023年4月26日に「gihyo.jp」で公開された記事の転載です。内容、肩書きなどは記事公開当時のものです。


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