見出し画像

研究の価値と品質の違い

Youtubeで島田紳助の努力論についての動画を見た。

曰く、人間には「才能」が0~5までの6段階あり、「努力」も0~5までの6段階がある。成功するかどうかは「才能」×「努力」の掛け算で決まる。才能がどれくらいあるかは生まれつきのものなのでわからない。一方で、努力は誰でも頑張り次第で5が出せる。ただし島田氏に依ると、努力のやり方には方法論があり、正しい努力を行う必要があるという。漫才の例でいうと、ネタの練習ばかりしてはいけない。それは事前に決めたネタを話すことに慣れるだけで、人前で自然に話すことが上手くなるわけではないからだ。本当に重要な練習は、コンビで歩きながら話すなどして、二人の適切な会話のテンポを発見することである、と。

研究についても類似のことが言える、と思った。研究には、テーマの「価値」と仕事の「品質」があり、研究論文の評価は「価値」×「品質」の掛け算で決まる。研究を始めた段階では「価値」はよくわからない。ただし、他人の目から見ると結構客観的に評価できることが多い(上記の才能だって、他人にお笑いの才能があるかどうかは一目瞭然である)。一方で、品質というのは実験やデータ取得の丁寧さや、シミュレーションの精密さ、論文の論理構成といったものを指す。優れた論文は、価値・品質ともに高い。また、価値が低い論文はいかに品質を上げたところで、価値・品質ともに高い論文には決して敵わない。

そうしたことを踏まえて研究遂行・論文執筆の上での課題は、
・正しい努力を行うこと(品質の向上に繋がる適切な努力をする)
・品質の向上が価値の向上には必ずしも繋がらないことを認識する
・そのうえで価値の向上を目指す(そこに方法論はない!)
だろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?