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歳を重ねることは、別れを重ねることでもある

幼稚園の頃、曾祖母が亡くなった。みんなに内緒で動かない遊びをしているのだと確信していた私は、遺体を安置した部屋の扉をしっかり閉めてから、婆ちゃんに小声で語りかけた。

「ひーばあちゃん、いま、だれもいないよ?うごいてもいいよ?」

もちろん、生命活動を終えた身体は動かない。目は閉じたままだし、鼻の穴には綿のような白い何かが詰め込まれており、これは苦しいんじゃないかなと心配したりもした。

かなりの時間、些細な動きも見逃すまいと真剣に見つめていた。本当に全く動かない。心ゆくまで見続けてからそっと頬に手を伸ばし、私はその時指先ではじめて『死』に触れた。

真っ先に違和感が、そして遅れて冷たさとか、硬さとか、さまざまな言葉が思い浮かんだが、口から出ずに全て消えた。

突然訪れる永遠の別れ。ほんの小さな変化でさえも簡単に日常は変化して、それがまたゆるやかに『新たな日常』になっていく。

どの別れも多少の差はあれど、泣いたり落ち込んだりするうちに少しずつ時間が忘れさせてくれた。

ただひとつの例外は、父とのこと。

父は不治の病と診断されてから、生存率は低いと言われる中でずいぶん長生きした。そして割と元気であった。医者が驚くほどに。

なかなか会えず、時折短めに電話で会話するくらいだったが一度だけ、素直に『あなたの娘で良かった、大好きだよ』と伝えてみた。父は『お前も自分の子どもからそう言われる親であれ』と返してくれた。

正直に言えば「お父さんも娘が好きだよ」とか「お前の父で良かった」とか、そんなふうに返してもらいたかったのだが、今なら似たもの同士なので何となく分かる。

気が付けば、互いに泣いていた。

歳を重ねるごとに、本音を口にすることは無くなり、その時の立場で最も相応しいと思われるものを反射的に選んで適当に発言して一日を終える。

私にとって自分の気待ちを表現する機会がない、言葉として口にしないということは、感情そのものを失っていくことと同義らしい。

父の葬儀で集まった親戚の子どもたちが、自分の親に対して全力で甘えて怒って駄々をこねて、泣いて笑う。そんな当たり前の風景を見て、自分はずっとそうしたかったんだなと気が付いた。

失ったものはもう戻ってこないのかもしれない。

気付きから4年経過しても、失い続けるばかりで楽しいなと感じることがあっても苦痛になり、いつしか好きだったものたちに目を背けるようになった。『夢中になる』という気持ちを知っているが故に、そんなかけがえのない気持ちが自分から去ってしまった現実が喪失感を加速させた。

自分の周りにあるものは、やりたくないことばかりだと思う自身にも嫌悪したし、コロナ禍は辛うじて存在していた人との繋がりを更に疎遠にさせた。

不幸なわけではないが、この先の人生どうしようか…と割と本気で絶望した。

自由時間が増えたら沢山本を読みたい、ハンドメイドも楽しもう、友人とゲームの話で盛り上がるのも良い、こんな趣味にも手を出したい、長生きしないと全部出来ないなぁどうしよう、なんて思っていたのに、全てが無になった。つまらなさすぎた。

心が動かないのに本は読めない、先に進めない。請われれば手も口も動くが、創作活動をしたいという意欲が出てこない。付き合いで始めたスマホのゲームも、ログインボーナスを受け取るだけ。話や人物に惹かれる事もない。

壊れてしまった器に何を入れても満たされないのと同じ。まさにそんな状況が続いた。

自分の中にかつてあった情熱はその時確かに死んでいた。私は、幼い頃に曾祖母と向かい合ったあの日のようにただひたすら、微動だにしない自分の冷えきった心をじっと見ているしかなかった。

何かが動かしてくれるのではないかと期待を抱いては、何をしても無理だと諦める繰り返し。外側からは見えない頭の中だけで揺れ動く不安。

父の命日は自分の誕生日でもある。祝われる日からすっかり悼む日となってしまったその日が、あと2ヶ月でやって来るという3月。これがとどめだと言わんばかりの大きな喪失を経験した。

振り返ると、そのショックが良かったのかもしれない。一度底に沈み切ったからこそ、この状況は亡き父も心配するのではないだろうか…と思えたので、現状を打破できそうなものを探してみた。

心が弱っている時に人は迷走すると言うが、短期間にスピリチュアルなものからメンタリスト、筋トレまで含めて良さそうなものは一通り試してみた。まさに迷走である。しかし根本的な解決ではないので大きな変化は起こらなかった。

でも何かしてみた、というのは改善の兆し。

その後の数ヶ月で起きた、自分自身にとって奇跡みたいな話はまた次の機会に。うまく書けるかわからないけれど、言葉にする前に文字にしてみようと思う。

また、読んでもらえたら嬉しいです。









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