私だけに見えるあなた

2021年9月14日 10:04

「ねえ…ねえ！ちょっと！」
インターホンはいつの頃からか壊れていて
電話は繋がらない。

釣りに行くから起こしてくれと
頼んできたのはそっちなのに。

鍵なんか預けてもらっていないから
電話を鳴らしながら
思い切りドアを叩いた。

まだ日が昇ったばかりで
静けさに包まれた朝
少し肌寒くてしっとりした
空気を肺いっぱいに吸い込んで
近所迷惑おかまいなしに
私は声をかけ続けた。

ドアの奥に微かな気配。

「…うるさい」

まだ覚醒しきっていない
気だるげな返事が聞こえて
想像通りのあの人が顔を出す。

「今起きた」

「知ってるよ！ねえ、そっちが
誘ったのに寝てるってどういうこと？」

ほぼほぼ、振り回されている。
それなのに嫌じゃない自分。
なんという心の広さ！

もしかしたら、そんな自分に
酔いしれているだけなのかもしれないけど
こんなにあなたの事を好きな人なんて
私の他に居ないと思わない？

肩にかけた鞄に添えた手を
ぐい、と引かれて
鎖骨あたりに顔を埋めてくる、
そんなあなたの頭を
そっとなでてみる。

自分勝手で俺様で
仕事だって出来て。
引っ張っていってくれそうな
頼りがいがありそうな雰囲気なのに

ひたすら甘えてくるから
あらゆる女子の期待を
悪い方向にことごとく裏切ってきた、
あなた。

でもね、
可愛いなあって思う。

あなたのそういうところを
すきになる人なんて
たぶん、あなたの一生のうちで
私しか
いないかもしれないでしょう？

「ねえ、だから、私のこと、もっと
大事にしてくれていいと思うんだけど」

「…なんの話？」

私はあなたの
そういうところがすきなんだけど
あなたのそういうところをすきになる人は
もしかすると一生のうちで
私しかいないかもしれないでしょう

だから　それだけの理由からでも
私を大事にしてくれていいと思うの

ロマンス（銀色夏生）より
「私だけに見えるあなた」

『みかん色のきゅんツイ』Twitterでみかんさんが選択して紹介してくれた詩から、勝手に物語を作って読む遊び。

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