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多様性ってなんだろう?

Gifted PocketのYasです。こんにちは。

今回は、開発にあまり関係ないですが面白そうなテーマだったので乗っかって寄稿してみることにしました。

僕はシンガポールにいるので多国籍国家の中で、自分も外国人として暮らしています。日本だと外国人は外国人扱いを受けるでしょうけど、僕はその外国人扱いを受けている方だったりします。

まず、当たり前で忘れてそうなことを書きます。普通は国民の方が権利がたくさんあります。外国人は外国から来ている助っ人だったり、国民と結婚した人なのでそういう扱いです。参政権やら何やらありません。でも、これを僕は差別だと思っていません。これは区別です。

だってそうですよね。いきなり外の国からふらふらやってきたYasという男にこの国の命運を左右するかもしれないような投票をさせる権利をあげる!というのは何か変です。

しかしながら僕たちの子どもの世代に対しては、国民となるチャンスが与えられます。これが『帰化』ですよね。

細かい条件やら何やらはここでは割愛しています。ざっくりとしたイメージだけです。ここに対して平等なんて議論をする気はありません。多様性に富んだ国家であるのであれば1世代目から参政権を渡しちゃおうというのは(実際、こういう動きがアメリカではあったりしますけど……。)あまりにも乱暴だと思うからです。

それがゆえに、数年前それなりの大企業で管理職しながら「多様性だ!」とか意識高いこと言ってたのとは全然違う感覚になりました。以前はどちらかというと誰にも分け隔てなく均等の価値観を提供できるように触っては行けないところを全て排除した真っ白なコミュニケーションをとるというものでした。

それは、ここまでの話でいう「いきなりやってきた外国人に参政権を与える」というのと同じことだったなぁと今となっては思います。

実はコミュニケーションの醍醐味とも言える部分を大幅にカットしているので、波風は立ちません。そして、立ち入った話も出来ないので実は管理対象の部下の面々が何考えているかとかが分かりにくかったりしました。仕事をする上で感情は邪魔なのでプロジェクトは前には進むんですが、本当に何も知らないなぁ……と思っていましたし、この変に仰々しい感じが違和感としてあったのは確かです。

この知らないなぁという感覚の正体は自分では何となく気づいていました。多様性というのはそこにいるのが当然という感覚でしかありません。別に定義があるわけでも何でもない。本当にシンプルにそれだけです。

例えば、キリスト教の人とイスラム教の人が同じチームにいたとしても、それはそんなもんだし、だからどうってこともないのです。

もちろん、その人の宗教的バックグラウンドやら何やらで”出来ないこと”はあります。出来ないのって可哀想じゃない……。とても思慮深い感じがしますが、別に選択肢があればそれでいいんです。全てのパターンを鑑みて、網羅して。それが”おもてなし”ではないんですよね……。国家の存亡をかけた会食とかイベントならそれぐらいはやってくださいよ、当然。

でも、Inclusiveにしようとした結果、無駄な人員・資源をそこに投下することは果たして良いことなんでしょうか?だって、どこかで良い人・良いことやりたいんだろうなぁと思っているからなんでしょう、きっと。

選択肢の作り方がわからない……。そう言われるかもしれません、何たらコーディネーターがいるのもそれがゆえです。シンプルな問いをすると、なぜ聞いちゃダメなんですか?聞くと失礼にあたるのですか?聞けずに何も食べられないとか、出来ないことをゴリ押しする方が失礼だと思いませんか?だったら、聞けば良いじゃない。そこまでケアする余裕がなかったらありません・出来ませんで良いんですよ。身も蓋もない話に聞こえますが、それぐらいの方が上手く回るもんです。

さて、こういう話をすると自分の権利を棚に上げて不条理を正当化しようとする人が多いですよね。多くの場合は、自分の不遇を認めて欲しいだったり自分が虐げられているから助けて欲しい、分かって欲しいということだと思うのです。僕は声をあげることは素晴らしいことだし認知を広めることは悪いことではないと思っています。なので、不利益や不当な扱いを受けたのであれば戦えばいいと思うのですが……。

社会が順応してないから認めて特別扱いをしてほしい!というのはちょっと違う気がしています。社会は順応しています。というか、別に関心なんて特にないから良いも・悪いもないんですよね。

なので言ってしまえば、「僕は、私は〇〇なんです。これが嬉しくて、これが嫌です」って言えれば全てが解決する話なんじゃないかな。と思っています。諦める必要も否定も肯定も必要ない、更には深く共感する必要なんて1ミリもない。だって、自分と違うんだから共感もできないですし、そんなことする必要もなければ、試みる必要もないです。でも、そこにいるんだから。それで良いんです。それ以上も、それ以下も必要ありません。

で、仕事する上でもそれで良いのですが、人間なのでどうしても自分と違うことに関して、違和感、嫌悪感、もっと酷いと攻撃的な感情を抱きがちです。でも、これも止めようがありません。それは視覚的な情報としてだったり、脳の中で得た知識とのマッチングやミックスの結果として産み出されてしまうので仕方ないです。けど、それをあからさまにしてしまうと人間関係がギスギスしてしまうので、我慢をする必要が出てくるのだと思います。これが差別を生む原因なのかもしれませんね……。

1つ解決策があるとすれば、もう全員アバター着てメタバース上で仕事すれば良いんだと思います。じゃあ、男の人でも、女の人でも、男の子でも、女の子でも、動物でも、怪獣でも、宇宙人でも好きな自分でいられますからね。

Gifted Pocketではそこにいて当たり前を実現するための世界を少しずつ創り出そうとしています。そのためのプロジェクトとかが走り始めていたりもします。興味ある方、是非お声かけくださいませー。

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