野窓仏香です。モーパッサン「ある自殺者の手記」。消化について考えた夜の話。
こんにちは。のまどふつかです。
便利な世の中です。図書館にいかなくても、kindleを契約しなくても、アプリさえインストールすれば、著名な作品が読める世の中です。
本日は読書感想文として、モーパッサンの『ある自殺者の手記』をご紹介しようと思います。
青空文庫に登録されている作品です。
以下のリンクからすぐに読めます。とても短いお話です。15分もあれば読み終わります。ぜひ、その目で文を追ってみてください。
では、簡単にあらすじをお話ししてから、内容の読み込みにはいりましょう。
この作品のほとんどは、ある男の手記をそのまま紹介する形で構成されています。男はその手記を書いた後に自殺をしようというのです。我々読者は、男がなぜ自殺に追い込まれたのかを、手記を通して知ろうとするでしょう。
しかしながら、よくわからないのです。なぜ自殺したのか。なにが彼を追い込んだのか。分からない。の人々も同じように評価していることもうかがえる、そんなお話です。
男は手記について次のように言い置きます。
裏返して言えば、鈍感で、物事を直接的に受け取る者にはわかりにくい表現があるということです。
では、これを踏まえて以下の文章を読んでみましょう。
「消化」の単語が繰り返し登場しますね。
もしあなたが私のような単純な人間ならこう捉えるでしょう。
便秘でもなくて、胃腸系に病気もないことをもって、「好く消化される」と言っているのかな。ご飯を食べて、通じがくる。この基本的な消化体系が、侮れないと、そう言っているんだろうと。
私はそう捉えましたよ。食事と消化は健康の――ひいては心の健康の――源だと。この考え方はこの考え方で正しいのです。
しかしながら、果たしてこの「消化」は体内で食べ物を分解し、栄養素を吸収する機能という意味だけを示しているのでしょうか。
なにか象徴的な意味を持たされているのではと捉えた方、すてきですね。
私にはなかった発想です。
食べ物以外の例で、「消化」と言ったとき何を思いますか。
以下では、男が「消化」しきれていないと思われるものを見てみましょう。
男が「消化」しきれていないものの一つ目に、「自分」があります。
おおっと、いきなり抽象的すぎる対象が出現しました。
この小説で描かれる男からはなにか、過去と今とを比べたときの失望のようなものを感じるのです。それは例えば、こんなフレーズから考えられます。
男は過去の輝かしさに目をくらまされたのでしょうか、現在の充足を受け止めきれない嫌いがある気がします。
男は「かなり楽な暮らしをしていた人」であり、「幸福であるために必要であるものはすべて備わっていた」のです。少なくとも、物質的に、生きることになんの苦労も感じなくてよかった人間なのです。
同じ時間に寝て、30年も通う料理屋で、同じ時間にご飯を食べる。30年も暮らしてきた家があり、そこには家具もあるらしいのです。現代日本では、皆が習慣化に躍起になる中で、男はそれを淡々と成功させているのです。
けれども男はこう言うのです。
男からは「習慣」に対する嫌気を感じます。きっと、若かりし頃は「習慣」をもつことができないくらい忙しく輝かしい人生だったのかもしれません。
男はこうした人生の変化を受けとけめきれていないのです。
この意味で、男は自分を「消化」できていないのです。
男が「消化」できていないことが、もう少しわかりやすく表されているフレーズが印象深く登場します。
「習慣」を嫌がる男でしたが、引き出しの整理整頓は長年、決心できなかったようです。
そうですね。これこそわかりやすい「消化」の例と考えられますね。
引き出しの中には、書類の他に、手紙や、「恋の思い出」とよばれるものがありました。
分類もされず、かといって捨てられることもなく、見返されることもなく、そこにあったのです。
引き出しの中身は彼の心を大きく揺さぶりました。親友、母親、付き合った女性たち、そして幼い頃の自分を、鮮やかに思い出させるものでした。
手紙に端を発してよみがえってきた思い出を前に、衝撃を受けた男はこう述べるのです。
老い先を見るために「振り返る」という表現が気になるところですが、深追いはやめときましょう。
ここにきて、男は過去を「消化」できていなかったと考えることができます。
大学の歴史学の先生が「歴史家は後ろを向いた予言者だ」と言っていたことを思い出しました。
なるほど、ちゃんと認識された過去は、未来を見せるんですね。反対に、過去と向き合わない限り、将来はぼんやりしたままかもしれないと、そうも受け取れますね。
男は、やっと「老い先」を見ようとしたのです。この原動力は、偶然にも、過去を思い返したことに起因すると私は思います。
この意味で、「消化」されていなかったのは、男の過去だったと言いたかったのです。
その結果として男は死を選ぶのですが、その善し悪しは議論しないことにしましょう。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?