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異形者たちの天下第5話-3

第5話-3 家康の正体

 九月に入ると家康はひとつの沙汰を下した。松平上総介忠輝の勘当である。罪状は不行状であるが、冤罪ともとれる感が拭えない。それに沙汰を下すには余りにも迅速に過ぎ、余りにも家康の独断が目立った。
 これにより、松平忠輝は徳川と無縁の者になった。
 当然、伊達政宗もこれ以上の庇い盾が敵わず、五郎八姫も離縁を余儀なくされた。この離縁に際し、政宗は五郎八の行く末に心を配った。キリシタンであることが判明したら伊達家も潰される。
 青葉城本丸西屋敷に迎えられた五郎八姫は、生涯再婚することなく、キリシタンとしての信仰を続けた。のちに下愛子へ移った五郎八姫はそこを
「かくれキリシタンの里」
とし、伊達藩は幕府の追求から匿い続けた。
 とまれ松平忠輝は天下の無縁者となった。そしてその身の上に、早くも危機が迫っていた。将軍・徳川秀忠は配下の柳生又左衛門宗矩に命じて
「刺客」
を差し向けたのだ。柳生者は忍びに通じながらも兵法者であり一流の剣客であった。武芸に精通していなければ
「たちまちのうちに」
斬り殺されることは自明の理である。秀忠はそれを確信していたし、後ろで糸を引く家康もまたその吉報を待ち望んでいた。
 しかし忠輝の
「無縁」
は、埒外の住民になることを意味していた。
 禁制となり弾圧されるキリシタンの多くは、土地も家も捨てて漂白民になる者が少なくなかった。かつて忠輝はルイス・ソテロのいた江戸の教会を寛大に見守ってくれた。彼らはその感謝を決して忘れていない。それに権力者の子供であるにも関わらず、忠輝は飾りのない性格だった。埒外のキリシタンは、そんな忠輝を敬愛して止まない。
 だから、忠輝は何するわけでもなく、無縁になったと同時に、埒外の民から慕われ、結果的に守られる存在となった。漂白民は同族意識が強い。同族とは、血縁ではなく同胞を指す。だから傀儡子も山窩も虚無僧も、埒外の者は自然と忠輝に心を寄せることになる。元来そんな素養があったのかも知れないが、少なくとも異形の屈強な兵士を忠輝は知らず知らずのうちに従えてしまったことになる。
 このことに柳生宗矩は気づいていなかった。
 そして当然の如く、刺客はすべて失敗に終わり、それどころか埒外の者をすっかり敵に廻してしまったことに柳生宗矩は愕然となる。秀忠はその事態を重く受け止めていないから
「何度でも襲えばよいではないか。必ず殺せ」
と息巻く有様だった。柳生宗矩は立身のために殺人を重ねてようやく将軍家に擦り寄った男だから
「なんとしても御期待に添うべし」
と、裏柳生の手を動員してまで、忠輝の生命を狙い続けた。
 個々の相手では確かに剣客が勝る。が、素性の知れぬ集団での闇闘では、どう足掻いても埒外の者が勝るのだ。埒外を敵にするなという理由は、そこにある。
 裏柳生とは目的のためなら親兄弟も平気で殺す外道組織。これを以てすれば如何に埒外の者でも、きっと手痛い報復をすることが出来る。これは宗矩の本気を表す処断であった。その吉報を期待した。
 が。
 この裏柳生は……結果的には壊滅した。
 忠輝の身辺に、想定外の屈強な剣客がいたのである。剣客の名は、柳生兵庫助利巌。兵庫助は宗矩にとって甥にあたる人物だ。かねてより求道を旨とする兵庫助は、柳生の剣を暗殺に用いる宗矩に批判的である。石舟斎から柳生心影流奥義を授けられた正当な継承者として、活人剣こそを極めることに精進する人物だ。
 こんな強者が出て来れば、如何な裏柳生も、叶う筈がない。
 それに、柳生兵庫助はただ単に、安っぽい義侠心や酔狂などで松平忠輝を擁護したのではない。実はこれを裏で糸を引く人物がいた。そう、島左近勝猛である。実は島左近の娘は兵庫助の妻であり、これの縁故から忠輝の身辺警護を託された、というのが真相だ。

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