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異形者たちの天下第3話-12

第3話-12 踊る漂白民(わたり)が笑ったあとに

 大坂陣触れに先立ち、家康は松平忠輝に
「江戸留守居役」
を命じた。一向に首を取らぬ服部半蔵に、暗殺の機会を設けたのである。
 その夜、突如伊達政宗が駿府を訪れた。
「大御所は、ひょっとしてキリシタン武士を甘く見ておられるのでは?」
 政宗の言葉に家康は笑止と顔を背けた。
「上総介殿はバテレンにも顔が利いていたから大坂城に籠もる浪人のなかにも信服する者が多いと聞きます。婿殿を是非とも伊達の脇将に貰い受けたいのですが」
「なに?」
「前線で采配すれば靡く者も少なくないと推察します」
「馬鹿をいうな。将器あるキリシタン大名は大坂へ行けぬわ。高山右近と内藤飛騨守は既にマニラへ国外追放している。残るキリシタンに、何が出来るというのだ」
「恐れながらさる十月三日、明石掃部頭が大坂入城を果たしたとのこと」
 一瞬、家康の挙動が停止した。
 明石掃部頭全登は宇喜多秀家の家老であり義兄である。キリシタンとして洗礼しジョアンを名乗ると、軍旗も聖ヤコブの像を印し旗差物も十字架を彩らせた。戦さともなれば無視できぬ実力者であった。
 かつて家康は、高山右近を警戒し国外追放に及んだ。
 が、この明石全登もそれに匹敵する人物である。にも関わらず、なぜ家康は海外追放しなかったのか。答えは簡単だ。関ヶ原以後、明石全登は生死が知れなかったのである。
「この者が大坂のキリシタン武士を統率すれば、恐るべき戦力になるは必定と心得ます」
 家康はじっと政宗を見た。政宗ほどの武将ですら、キリシタンや一揆勢との戦さは嫌悪するのだ。ましてや迅速に豊臣を葬りたい家康にしてみれば
(長期泥沼化は不利)
と悟ったに違いない。忠輝を前線に晒すのは、考え方によっては好都合かもしれない。
 思案する家康に、政宗は更にこう切り出した。
「恐らくは数ヶ月で停戦となりましょう。その前にキリシタンどもを城外に追い出したい。是非とも婿殿を総大将に!」
「……考えておこう」
 忌々しげに家康は呟いた。
 少なくとも、これで、暫くは忠輝の生命を繋ぎ止める事が出来た。伊達政宗は駿府城下の服部屋敷へ使者を送り
「麹町御門殿へ密書を」
と、このことを託した。
 この報せに、半蔵は安堵した。

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