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異形者たちの天下第4話-4

第4話-4 大坂という名の天国(ぱらいそ)

 慶長一九年(一六一四)一一月一八日、徳川家康は本陣を天王寺へ移した。
 その翌日には先兵同士の小競り合いが早くも展開された。木津川と尻無川の合流する河口付近でのことである。ここには、大坂城へ物資を搬入するための要衝が築かれていた。生命線である。ここを守るのは、明石全登のキリシタン武士八〇〇〇で編成された部隊だ。
 明石勢と徳川水軍の間で展開したこの前哨戦は、正しくは補給路の今後を左右する重要な一戦であった。かつて大坂城のあった地には石山本願寺があった。この補給路を断つために織田信長は辛酸を舐め尽くし、十年にも及ぶ宗教戦争を余儀なくされたことを家康は覚えていた。だからこそ、まず潰すべき場所は補給路の要であった。
 しかし明石全登がここの防衛をしていたことは、手痛い誤算であった。
 執念深く殉教を求めるキリシタン武士は等しく
「死兵」
である。生きていながらも死人の彼らは、死を恐れず、いい換えれば生きることへの執着が皆無。だからこそ優れた兵士であり、その戦い方には一切の容赦がない。キリシタン武将の兵の恐ろしさは、これに尽きる。片や徳川方は反するもので、生きて手柄を欲する俗物揃いだから、熾烈な戦闘の様がどういう結果となるか。もう、想像が出来よう。
 しかし、この前哨戦は呆気なく幕切れとなる。
 織田有楽斎が大坂城での主将軍議の開催日を家康へ内通してきた。如何に戦闘状態とはいえ明石全登はこれに出席させられる。合戦の呼吸もしらぬ淀殿や大野治長等に牛耳られた大坂城は、この前哨戦がどんなに重いものかを理解していない。戦端が開かれた以上はその場の勝利に全力を注ぎ、臨機応変に采配することが求められる。主将の明石全登を引き抜くなど、正気の沙汰ではない。
 が、内通された日時に出頭するよう、明石全登に通達された。
「本気か?」
 明石全登は大坂城軍議へ召集されたことの不服を、使いの者に呟いた。いうても無駄な独り言だ。家康は明石全登が後方へ退く瞬間を待ち、総力を注ぎ込み攻撃を仕掛け、とうとう河口の補給路要衝を陥したのである。
 これにより大坂城攻めの長期化する懸念は霧散した。
 この緒戦の敗退の深刻さを、大坂城首脳陣は重く受け止めていない。
「合戦の何たるかを知らぬ者たちの采配は困るゆえ、戦闘状態の折は急使を以て連絡を密としたい」
 明石全登は大野治長を睨んだ。豊臣秀頼を擁立し総帥の立場に酔っている治長への痛烈な批判である。この詰りに、しかし大野治長は素直に従った。真田幸村や後藤基次等歴戦の勇将たちが明石全登の言葉を支持したためだ。彼らに不興を被れば、家康相手に正面から合戦を挑める筈もない。
「秀頼君御母堂の面前で無礼なことを申されるな」
 勇将たちよりも上座でふんぞり返る淀殿の近持女官たちは声高に明石全登を詰った。そんな女どもに
「戦さ場に女がしゃしゃり出るな!」
と長曽我部盛親が一喝した。かつては一国の主であった漢の言葉に、女どもは萎縮した。
 大坂城は指揮系統の未熟を緒戦からさらけ出した。
 そして、その一部始終は、織田有楽斎により家康の耳にもたらされた。

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