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「あたし李徴。今、××にいるの」虎になったVtuberによるメリーさん【名著奇変】


引きが強い。
表紙の、引きが。
美しさと不気味さを併せ持つイラストに、怪しげなフォントのタイトル。
「名著×ホラーミステリ」なんて文言と共に並べられる、言わずと知れた作品名の数々。
本屋でこんなの見たら、パッと手に取ってしまうじゃないですか。

ということで、買って2日で読み終わったこちらの短編集を紹介する。
全6篇。すべて題材となった名作があり、それらを現代風にアレンジしたストーリーが展開される。
ピックアップするのは中島敦『山月記』から山口優著『山月奇譚』と、太宰治『走れメロス』から大林利江子著『せりなを書け』の2篇だ。

ネタバレ有りだが、重要な部分も大分カットしているので、是非本編を最後まで読んでほしい。

虎系Vtuberによるメリーさん『山月奇譚』

卒業を控えた大学生である主人公は、作業の息抜きにYoutubeを見る。
そこで何気なく開いたのが、新人Vtuber「RI☆CHO」の初配信だ。
黄色に黒の、バニーガールの虎版といった装い。
「こんばんトラ!」と特徴的な語尾で喋る彼女の話を聞いていると、主人公はあることに気が付く。
どこかで聞いたような声だ…。そう、それは…

「その声は、我が友、李徴子ではないか?」

名著奇譚 『山月奇譚』山口優著  p.210

思わずコメントしてしまう主人公。
聞き覚えのある声の主は、高校時代の同級生、泰賀李徴子(たいが りみこ)であった。
聡明な読書家で、クラスで孤立しがちであった李徴子と、主人公は良い友人関係を築いていたが、進学と共に疎遠になっていた。

本名が晒されてしまったRI☆CHOは、慌てて配信を閉じる。
驚きに任せてコメントしてしまったことを反省する主人公に、李徴子からLINEが入る。

書き込みをしたのはあなたトラ?@八王子

配信中でもないのに、語尾には「トラ」の文字。そして@の後ろについた地名。
ゾッとした主人公は彼女に謝るが、どうにも様子がおかしい。

李徴子は続けてLINEを送ってくる。
大学で人間関係がうまくいかなかったこと。
趣味で小説を書いていたが、納得するものが作れなかったこと。

完璧主義で、周囲に迎合できない李徴子らしい話だった。
そして、メッセージの最後の@に続く地名は、徐々に主人公の自宅に近づいてきているようだ。

「過去を知っている人間はいらないトラ@日野」
「高校時代が懐かしかったトラ……@立川」
……
「@御茶ノ水駅改札」「@茗渓通り」「@聖橋交差点」

秘密を知る人間を生かしてはおけない。
@は自宅の窓の外にまで迫ってきていた。

現代版李徴と都市伝説の奇妙な融和

「その声は、我が友、李徴子ではないか?」という一文は、『山月記』で旧友の袁傪(えんさん)が李徴にかけた言葉である。
旅の途中で遭遇した虎と、画面上に現れた虎への一言。
このシンクロ具合の素晴らしさときたら!

「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」の末に虎になってしまった『山月記』の李徴。
『山月奇譚』の彼女も、その優秀さ故のプライドと挫折から、Vtuberとなって新しい人生を始める。

「友を喰らいたくはない。俺の理性があるうちに、早く進め」と言う李徴。
高校時代の友人宅へ向かうVtuber李徴子は、獣としての欲求を抑えることができるのか?
メリーさんを彷彿とさせるメッセージが、緊迫感を加速させる名作。

走るのは友情のためなのか?『せりなを書け』

中学校でスクールカースト上位の主人公と、クラスで浮いているせりな。
教室では挨拶も交わさない2人だが、放課後にはしょっちゅう公園で会う「シークレットフレンド」であった。
お互い家族に放ったらかしにされていて、その寂しさを埋める存在。

そんな2人が可愛がっていた学校のうさぎ2匹が、ある日無惨に殺されてしまう。
うさぎを殺した犯人は、主人公とせりなのクラスにいる。
担任がそう断言すると、地獄のような時間が始まった。

犯人について誰も口を割らない状況に痺れを切らしたのか、担任は「タレコミ用紙」を配り始めた。
これを使って匿名で、犯人に関する情報を集めようというのだ。
情報も何も、犯人の心あたりなど無いクラスメイトたち。
大半が、「もう帰りたい」といった表情をしている。

そこで後ろの席の子から回ってきたのが『せりなを書け』というノートの切れ端。
そう、1人を犯人に仕立て上げてしまえば、早く帰れる。その生贄として選ばれたのが、せりなだったのだ。

主人公は葛藤する。
自分も寂しさを紛らわすために、せりなを利用してきた。
でも、こんな形でせりなを裏切ることなんてできない。

クラス全員が書いたタレコミ用紙の内容が読み上げられる。
案の定、せりなを想起させる犯人像が集まった。
当のせりなは、今にも泣き出しそうだ。

そんな中、嫌に具体的な情報を載せた用紙が1枚。
そこには、犯人は男であること、その容姿、うさぎの殺害方法などが詳しく書かれていた。
あまりの事細かな描写に、クラス全体が引き込まれる。

結局、犯人はその特徴に合致した男子生徒なのではという結論になり、その場はお開きになったのだ。

その後、2人はいつものように公園に集まって会話を交わすのだが……。

邪智暴虐の王は誰なのか

この話は、『走れメロス』とうまく対応が取れなくて悩みながら読んだ。
主人公はメロスだろうし、せりなは明らかにセリヌンティウス。
では、もう1人のキーパーソン、邪智暴虐の王は誰なのか?
お粗末な理由で、うさぎ殺しの犯人がクラス内にいると決めつけた担任か?
それとも、クラスの厄介者に罪を着せ、早く話を終わらせようとしたクラスメイト達だろうか?

いずれにせよ、学校という場での魔女裁判は、現代版メロスとしてふさわしい舞台だったと思う。

読んでいる途中気になっていたことはまだある。
メロスは、自分が処刑されるのを延命する代わりに、親友セリヌンティウスを人質として王の元へ預けた。
主人公が、せりなに代わりになってもらう事といえば…。

終わりに

記事の冒頭で「言わずと知れた作品名」なんて気取ったように書いたが、寡聞にして知らないタイトルもあった。

元ネタを知らない訳だから、何の前情報も無く、普通の小説と同じように読むのだが、一風変わった楽しみ方ができるのは読了後。
題材となった作品を読んでみると、名著奇変で読んだものとは大分印象が異なる小説もあった。
作品解説でも触れられていたが、もし「表紙に並んでいる名著なんて知らない!」という方でも、それはそれでまた違った読書体験ができるのが、本書の魅力だと思う。
しかも文体はとても読みやすく、内容も現代的でとっつきやすいものばかりなので、興味を持った方は是非。

それでは、ここまで読んでくださりありがとう。またね!

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