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季節のない世界-aki.2

主な登場人物

まい(主人公):38歳バツイチ、フリーライター。北海道在住。リアルな人付き合いは大の苦手だが人当たりはとてもいい。リアルな人付き合いを望まない一方で、自分の理解者が欲しいと願うアンバランスなメンタルの持ち主。

aki:33歳既婚、エンジニア、男性。関西在住。繊細で人の心の機微に敏感。業界柄いつも忙しく動いている。配偶者との仲は良好ながら、常に愛情を欲するがために恋人をつくってしまう癖がある。

冬樹:45歳、営業職、男性。関西在住。いつでも冷静で自分も他者も客観視したうえで意見を述べるために冷たい人と思われがち。生活面も内面も安定しているが、そんな自分をつまらない人間と思っている。

なつみ:38歳、菓子メーカー勤務、女性。首都圏在住。気配り上手の話上手。関わる人に安心感を与える、良心のかたまりのような存在。ときには破天荒に生きることを望みながらも、調和や調律を重んじるため不安定な事柄は避ける聡さを持つ。

:30歳、大手メーカー勤務、男性。関西在住。「まっすぐ」という言葉がこれほど似合う人はいないと多くの人が思うほど、素直で誠実。まいを「大切な人」と言い支えるが、関係の発展は望んでいない。

プロローグ

akiとまい

透とまい


おはようといえば、おはようとかえってきて
おやすみといえば、おやすみとかえってきて

一日のはじまり、最初に言葉を交わす人がakiなら、その日は一日上機嫌で。
一日のおわり、最後に言葉を交わす人がakiなら、安心して眠れた。

約1年、毎日やり取りした結果、過去ログをさかのぼることも難しいほど膨大なテキストと音声が残っていった。

わたしはそれを宝物にして、つらいとき、苦しいときに取り出して眺める。

akiのすべてがかけがえなくて、私は全力でakiを愛した。たとえそれが、彼の望むものでなくても。彼の望みをかなえられないかわりに、今の私にできるすべてを与えたし、伝えた。


2023年8月1日 13:00

ネット上にある多くのコミュニティと同様に、「Вы」でも定期的にオンラインイベントが開催されている。

その実、「Вы」はとあるIT企業が運営・管理しているもので、月に1~2度のイベントを、企業PRを兼ねて行っている。

この手のイベントがあると、気の合う仲間同士で一定のグループができるもの。

私もいくつかのグループに属していて、特にお気に入りなのが私となつみ、冬樹3人のグループだ。

同い年のなつみは、細やかなところまで気の利く、大人の女性だった。菓子メーカーに勤務するというやわらかい雰囲気のなつみとは初めて参加した交流会で知り合い、そこから個人的なやり取りをほとんど毎日していた。

なつみは今年度から広報担当になったとかで、マーケティング領域の仕事も多い私をアイデアの壁打ち相手に使っているようだった。私は私で、人生経験が豊富で情に厚いなつみに徐々に心を許して、そのうちプライベートに関するさまざまな相談をするようになっていた。

少し年上、45歳の冬樹は「四面四角」という言葉がこれほど似合う人はいないと思うほど実直な人で、私と正反対の性格をしていたけれど、友人として互いを尊重していた。

私が仕事で悩んでいるとき、相談すると的確なアドバイスとともに必要な資料を送ってくる。顧客でもなんでもない私に、「こんなの数分で終わることだから」と手間をいとわずサポートする、利他の精神のある人だ。

冬樹とは2回目に参加した交流会で知り合い、そこからなつみを含めた3人でやりとりをするようになった。なつみはネット上の親友として、冬樹は兄貴分として、私は何かにつけ彼らを頼るのだった。

(ボイチャ=ボイスチャット)

akiを好きかもしれない。その気持ちが日に日に大きくなるなかで、私はどうしても彼の声を聞きたくなった。

akiはコミュニティのイベントに参加してもテキストチャットで応答するのみで、自ら声を発したり、カメラをオンにすることはない。以前その理由を聞いたところ、「だるい」と一言だけ返ってきたことは覚えている。

akiはひどく面倒くさがりで、特に人との過度なコミュニケーションは避けたいようだった。

そんなakiに

「二人で通話しよう」

と、いうのはあまりにもハードルが高く、下心がバレた場合にはその後の関係にひびが入りそうでなかなか言いだせずにいた。

そんな私が考えあぐね導き出した答えが「グループ通話」というもの。38歳にもなって何をやっているのと脳内に棲むもう一人の私が批難するのも無視して、「ほんの少しでもいいから声を聞きたい」という欲望を優先した。

問題は、前述したようにコミュニケーション無精のakiを、どうやってさそうか、その一点。

変な画策をしては、akiに嫌な思いをさせてしまうかもしれないし。何より、嘘をつくという不誠実な行動はとりたくない。

結局……

「akiの声を聞いてみたい。テキストじゃなく、声で会話をしてみたい。だから、みんなと一緒に話さない?いきなり二人は緊張するから……」

と、ない頭で考えた計画を自ら台無しにする文言で、akiをボイチャに誘った。

その返答は意外や意外。

「ええよ。その時間はちょうどあいとるし」

踊りだしたいほどの喜びを抑えきれず、「やったあああああああああ!ぜったいだよ!約束だよ!」と子どものようにはしゃぐ私に、akiはまんざらでもないようだった。

そうして機嫌をよくした(?)akiは、「特別に」ほんの少しその声を聞かせてくれた。

2023年8月1日 16:45

akiの声は冗談抜きで好みだった。テノールとバスの中間くらいの低音で、ときどきかすれる部分が色っぽい。

どこか芝居じみた吐息交じりの話し方にも艶があり、私はさらにakiに惹かれてしまった。

そのあと何度も同じボイスメッセージを繰り返し聞いた。我ながら気持ち悪い行動だと思いながらも、テキストではわからなかった言葉のイントネーションや抑揚が、たまらなく愛しかった。

どうしよう、ボイチャの日。
正気を保てないかもしれない。

そうだ!その日はお酒を飲もう。
そうすれば、少しは緊張が和らぐ。

この選択は大間違いだったと、大後悔することになる。。。

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