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古本屋になりたい:34 天牛堺書店のこと

 関西、特に大阪市から南部にかけて馴染みのある方ならば、天牛堺てんぎゅうさかい書店を覚えておられる方はまだまだ多いと思う。
 駅構内や地下街などに出店していて、たいてい店舗はそれほど広くなく、手前に新刊、奥に古本の均一売り場があった。

 天牛堺書店の古本売り場は、期間限定でガラッと品揃えが変わった。期間は2週間くらいだったように記憶している。680円均一だったり、文庫本多めの300円均一だったり、時には900円とか1200円とお高めで、何冊も買えないこともあった。
 ブックオフなどより古いものが多く、というより、ブックオフでは店頭に置いてもらえないくらい古い本が多く、ここで今買わないともう会えないかもしれないと、つい散財した。
 どちらかというと小説よりも、ノンフィクションや学術書が目立ったように記憶しているが、これは私の興味関心がそちらを向いている時だったからだろう。

 大阪南部では、JR沿線よりも南海電鉄沿線に店舗が多かった。
 派遣会社に登録してあちこちのスーパーマーケットやドラグッグストアでアルバイトをしていた二十代半ば頃は、行く先の駅に天牛堺書店がないか、楽しみだった。
 時々、思いがけない駅で数日限りのワゴンセールをしているのに出くわすこともあって、仕事が休みで新刊書店をはしごした後でも、立ち寄らずにはいられなかった。

 古い本は重い。本も進化して、どんどん軽くなっているんだなと、天牛堺書店で古本を漁っているといつも思ったものだ。
 大きな本も多かった。
 サイズが画一化されて、効率重視の作りに変わっていき、表紙のデザインや紙の手触りで変化をつけるようになる前の、重くて大きな本につい手が伸びた。



 折口信夫や司馬遼太郎が通ったという、大阪市南区(現中央区)にあった天牛書店の従業員が、1963年、暖簾分けで開いたのが天牛堺書店だそうだ。

 品揃えにこだわりがあるわけではなく、ただひたすら同一価格に設定された古本がみっちり棚とワゴンに並んでいる店内を見慣れていたが、もしかすると天牛堺書店の本来の姿からはかけ離れてしまっていたのかもしれない。
 古本に詳しい店員さんも必要なくなっていただろう。

 天牛堺書店は数年前に廃業してしまった。
 その前からどんどん店舗は閉まり始めていて、近鉄難波駅近くの店舗が閉店する直前に古本を買ったのが、私にとって最後になった。
 均一価格だからと言ってお得感があったわけではなく、どちらかといえば割高だったと思う。
 業態が時代に合わなくなっていたのだろう。好きな人は好きだけれど、肌に合わないと思っている古本好きもいたかもしれない。

 天牛堺書店は、私にとって懐かしい新古書店だ。なんと言っても、こだわりがもはやないところが良かった。
 天牛堺書店の680円くらいの均一売り場で、本の重みを感じながら、また古本を山ほど買いたい。
 なんだか夢に見そうな、それくらい懐かしい。

 天牛書店の方は今もある。
 昔近くに住んでいた天神橋筋商店街にも店舗があって、一度行ったことがあるはずなのだが、あまり覚えていない。
 品揃えの良い素敵な古本屋だという。
 天牛堺書店とはまた違う期待を持って、訪ねてみたい。

 表題の写真は、日本ミイラ研究グループ編「日本ミイラの研究」(平凡社 昭和44年)。
 即身仏の研究書で、京極夏彦「今昔続百鬼-雲」(講談社)の参考文献としても知られています。
 即身仏にご興味のある方は、土方正志「新編 日本のミイラ仏をたずねて」(天夢人 2018年)が入門編としておすすめです。
 あ、そんなに興味ないですか、即身仏…。

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