見出し画像

【経験談】外務省在外公館派遣員

どうも!在外公館派遣員を経験したざくろです!

今回は私の派遣員時代のことをお話ししたいと思います。実は、派遣員の試験では「派遣員の仕事や役割をちゃんと理解しているか」が問われるので、
受験予定の方にとって役に立つはずです!
(私も実際に派遣員であった先輩方3名のお話を聞いて受験に臨み、一発で合格しました。)


赴任先の公館

私が派遣されたのは中東の小規模公館でした。筆記試験の中で希望公館を申し出ることができるのですが、希望通りになるわけではありません。やはり、どこでも行きます!という人のほうが合格しやすいと思います。(幸い私は第二希望でしたがどこにでも行きますとアピールしました。)

また、これは意外かもしれませんが、先進国など多くの日本人がいる国(大規模公館)よりも、日本人があまりいない国の公館(小規模公館)のほうが英語を使う場面が多いです。なぜならば、現地職員さんの中に日本人がいないからです!英国や米国などはやはり日本人の職員さんばかりで仕事上で英語を使う場面は少ないらしいです。派遣員は現地職員さんと仕事をすることがほとんどなのでそうなっちゃいますね。

私は小規模公館だったので毎日英語を使っていました。留学経験もなく海外経験のほとんどなかった私は当初だいぶ苦戦しました。。。ですがおかげさまで英語の力がメキメキと伸びました!

またこの事実とは裏腹に、日本の外交上非常に重要というわけではない小規模公館の派遣員はやはり海外経験や留学経験がなくても内定が出るように感じます。(そういう国は生活するのも一苦労だったりするので”なんかタフそう”で合格するのかもしれません。)

業務内容

業務は派遣される公館によって異なりますが、だいたいは官房班や総務班に所属し、館用車のスケジュールや運転手の管理、離着任する外交官への支援(住居探しや手続き関係)、便宜供与(空港送迎やホテル留保等)、その他バックオフィス業務を担当します。広報文化活動に参加する場合もあります。また、派遣員は一応語学力で選ばれていますので、現地職員さんの労務管理も担当することが多いです。
さらに、国外出張もたまーにあります。私は2年勤務して一度だけ国外に出張しました。大型ロジといわれる総理大臣や政府要人の出張に伴う様々な支援のために、声がかかるときがあります。
また、派遣員は外交官ではないので、外交活動には全く関わりません!外交官の皆さんを支えるお仕事をします。

私の経験をお話ししますと、一年目は大変過ぎて泣きながら出勤していた時期がありました!(笑)
というのも、単純に私は経験・能力不足にもかかわらず、毎日完璧にしようとしていたんだと思います。これは医務官(大使館に勤務しているお医者さん)に指摘されました。求められていることがうまくできず、とても辛く苦しかったので、医務官に相談したところ「ざくろさんは毎日100点を目指しているんでしょう?真面目だもんね。でもね、毎日100点なんて目指さなくていいんです。70点、いや、60点でいいんです。」と励ましてくださったんです。私はこう言ってくださったことに大変救われました。
外務省職員の方々や現地職員さんたちにたくさん支えられて無事に任期を完了することができたのは間違いないので、赴任先でいかに人間関係を築けるかも重要だと思います。

大変だったこと

派遣員の私が最も大変だと感じたことは、やはり現地職員さんとの文化のギャップです。面と向かって相手へネガティブな意見を言うことや自分に対してそういう意見を言われることが一番のギャップでした。日本ではあまりこういう人はいないような気がします。ですが、現地職員さんはどんどん不満や意見を言ってくるので、「私が全部悪いんだ」「なんで私はできないんだ」「全然できないから私のこと嫌いなんだ」と最初は非常に自分を責めました。
でも違うんです。意見を言ってくれる現地職員さんは私を責めているつもりはないし、私のことを嫌っているわけでもないということに途中で気づきました。彼らは、私と良好な関係を築くために、私や彼らにとって働きやすい環境をつくるために、どんなにネガティブな意見でも面と向かって言ってくれていたのです。そらそうですよね。どんな意見でも面と向かって共有することが相手への一番の誠意だと今では思います。(海外経験がある方はもう経験済みかもですね。)

感動したこと

私が派遣員時代に最も感動した瞬間は、現地職員さんに助けてもらったときです。最初は英語もうまく話せず、現地職員さんと意思疎通をすることがとっても難しかった私は彼らとチームプレーをすることは不可能だと思っていたんです。上記の通り、現地職員さんから面と向かってネガティブなことを言われ、「怖い」と思っていました。

着任から半年を過ぎたころ、大ピンチに陥ります。詳しくはお話しできませんが、非常に大きなプレッシャーを感じながら任務を遂行しなければならない事態が発生し、私はそのストレスに押しつぶされそうでした。そんな私の様子を見て、隣の席だった現地職員さんが私にこう言いました。
「I'm always ready to support you. Don't worry.」
人生で一番感動したと言っても過言ではありません。なんと心強いことか!なんと頼もしいことか!実際にこのときもその後もたくさん助けられました。私はこの瞬間から現地職員さんとのチームワークを強く意識するようになりました。自分の仕事だけではなく、同じチームメンバーの仕事にも気を配り、ある時はサポートし、ある時はサポートされ、日々協力して任務を完了させていきました。当たり前のように感じられると思うのですが、当初の私はこの仕事上の当たり前ができなかったのです!!


最後に

このように、派遣員はキラキラ海外生活のための制度では決してありません。大変なことや辛いことが本当にたくさんあります。

ですが、この国での2年間は私にとってかけがえのないものです。人生で最も濃い2年であったと言っても過言ではありません。初めての経験や感情、多くの尊敬する方々との出会い、新しい世界の発見に溢れた、とてもとても貴重な時間でした。

この経験を通して、やっぱり私は国籍や文化など異なるバックグラウンドをもつ方々とまだまだ出会いたいと思うようになりました。☺


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?