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強い人 (前編)

 車が絶え間なく行き交う道路の側に「Aの園」という小規模な高齢者施設があった。忙しなく働く人々の食欲をそそるように、香ばしい匂いが施設の厨房換気扇から流れ出ている。


「サトウさん、魚焼きあがりました。確認お願いします!」
と言う声にAの園調理長のサトウ氏が反応する。彼女は50代半ばで、声が大きく、少々気の強い一面があった。
「わかった!今行く!」とサトウ氏は声を張り上げた。
すると、そこへ事務室から厨房へ栄養士がやって来た。この栄養士は調理部のトップだ。しかし力関係はサトウ氏の方が上であった。つまり表面上、トップということだ。
「丁度良かった。あんたも魚確認して。」
「あ、はい。」
力なく栄養士は返事をし、魚の仕上がり具合を確認していた。そして、オーケーを出すとそそくさと自分の仕事へ戻る。彼女は冷蔵庫の中をゴソゴソと見ているので、在庫チェックでもしているのだろう。
「何あれ。感じわるっ。」
サトウ氏がそう言うと、続けてイシイという調理員が言った。
「関わりづらい人ですよね~。」
サトウ氏とイシイ氏は栄養士のことで意気投合だ。
この栄養士は、サトウ調理長を始めとする調理部の人達に嫌われていた。なぜなら、気難しくて関わりづらかったからである。または、調理以外の仕事も担当していて、フレンドリーに話す機会が少なく分かり合えなかったことも原因かもしれない。
厨房の切り盛りは実質、調理長サトウ氏が行っていた。

 ある日、朝食後の片付け中だった。一人の介護士が調理部伝達用の窓を開けた。この窓は常に開け閉め可能で、いつでも調理部と介護士がコミュニケーションがとれるように設置されている窓である。
 介護士が言う。
「M様の食事がドロドロすぎるので改善できないでしょうか。」
すると、奥の方からサトウ氏がやって来て声を張り上げて答える。
「M様は入れ歯をしたがらないと聞いたけどね。私達はこの食事で良いと思ってるんだよ。あとうちらは人手不足なの、あまり細かい注文はご遠慮頂きたいね!」
すると、介護士は「わかりました。」とだけ言い、さっさと引き返して行った。
「一番大事なのは働く人が働きやすい職場であること。そうでないと、良い食事なんか出せやしない!こっちが人手不足で大変なの分からないのかねぇ。」
サトウ氏が不満を出していると、タナカという調理員が称賛した。
「サトウさんが説明してくれるとすぐ解決するから仕事がスムーズにいくわ。いつもありがと。」
タナカ氏は60代後半の女性で、調理部の中で一番の年長者だった。タナカ氏に続いて、同じく調理員のイシイ氏も言う。
「本当にそうですよね!私もいつもサトウさんに助けてもらっていますよ。あ、そうだ!昨日親戚の人からカップケーキもらったので持ってきました。休憩時間に食べましょう。サトウさん、洋菓子好きですよね!」
イシイ氏は元気で笑顔の素敵な30代後半の女性である。
「あら、すごく嬉しいわぁ~!楽しみね。」
サトウ氏は嬉しそうに答えた。厨房内には今日も頑張ろうという気合の入った空気が漂っていた。


続く
*ここまで読んで頂きありがとうございます。
後編もあります。読んで頂けたら幸いです。


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